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PROJECT01

住居学科(※)×化学生命科学科

日本の伝統建材「土壁」を
科学的アプローチで紐解き
再興を目指す。

プロジェクトの背景

ひとりの学生が「土壁」に
魅了された
ところから
はじまった

江尻教授のプロジェクトの一環として行われた歴史的建造物の調査に、当時大学3年生だった学生、斎藤さんが参加した。そこで、日本に残る様々な建築物やそこに使われている建材を間近で見たときに、彼女が最も心惹かれたのが「土壁」。かつては寺社建築や住宅の和室にはよく用いられていたものだが、竹で編んだ下地に土が塗られているというシンプルな構造でありながら、神社仏閣などでは何百年という時を経て、現代にも残っているというところに感銘を受け、これを卒業論文のテーマに決めた。研究の軸をより詳細に絞り込むため論文を中心とした文献を読み進めると、土壁を作るときには「発酵」*という工程があることがわかった。しかし、それ以上の研究結果が記載された論文を見つけることができなかったため、彼女は自ら、土壁における発酵について研究を進めることにした。

*本稿内で使用している「発酵」という言葉は、土壁職人の間で慣用的に使われている用語であり、厳密には生化学における発酵の定義とは異なります

  • プロジェクトの流れ

    01

    土壁を再現し、発酵させる期間
    と強度の関係を検証した

    土壁について理解を深めるため、斎藤さんは土壁のワークショップに参加した。その際に、職人の方が話していたのは、「土は発酵すると、より粘り強くなる」ということ。その発言から、発酵の度合いは土の粘り強さと土壁自体の強度にどう関係するのだろうか、という疑問が生まれた。そこで、彼女は発酵の期間を変えた土壁を作り、強度を測る検証実験を行うことにした。まずは、粘土質の土に乾燥した稲藁を一定量加え、そこに水を混ぜ合わせる。そして、それを外に置き、週に1回かき混ぜる。土の色が灰色に変色したら、それが発酵の合図。

    そこから、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、4ヶ月と寝かせたものをそれぞれに四角い型に入れ、1ヶ月ほど乾燥させたものを構造材料実験室に設置されている圧縮機で加圧し、どのくらいの力に耐えることができるかを測った。結果としては、1ヶ月よりも4ヶ月のものの方が、2倍近く強度が高いことがわかった。「こんなに長く残る壁が土と藁と水だけで作られていることが新鮮で、今でも不思議に思います。先行研究があまりなかったので大変だとは思ったのですが、建材としても可能性を秘めていると思ったので、取り組むことにしました」と斎藤さんは言う。

  • 02

    菅野教授との出会いによって、
    研究の方向性が見えてきた

    土がどのように発酵するのかを調べる中で、斎藤さんが注目したのは「菌」の存在だった。しかしながら、菌の研究は江尻教授もさすがに専門外。どのように研究を進めようかと頭を悩ませていたところで、タイミングよく紹介してもらったのが、微生物やバイオプロセスを専門に研究している化学生命科学科の菅野教授だった。早速、江尻教授は斎藤さんと一緒に菅野教授の元を訪ね、この研究について伝えると、菅野教授は非常に興味を持った。江尻教授はこの時のことをこう振り返る。「菅野先生のお話はとてもわかりやすく、菌が働いて土を作っていく様子がイメージできるようになりました。建築と菌がグッと近くなった感覚もありましたし、ここからやるべきことも見えてきました。菅野先生にお話をお聞きできたことが、この研究の大きなキーポイントだったと思います」。ここから、菅野教授の協力を得ながら、土壁に影響する微生物に焦点を当てた次なる実験がはじまった。

  • 03

    科学的アプローチで、土の発酵を
    促す正体を突き止める

    藁についている微生物と土の中の微生物、どちらが影響しているかを明らかにするため、土を滅菌したもの、藁を滅菌したもの、両方を滅菌したものを用意し、発酵の長さと強度の関係を調査する実験の手順と同様に、土を発酵させ固めたものを作って、圧縮機で数値を測った。斎藤さんと菅野教授は、藁についている微生物が中心となって発酵が進んでいるのではないかと仮説を立てたが、実験結果を分析すると、土の中の微生物が大きく関わっていることがわかってきた。

    また、土壁の発酵は乾燥すると一旦留まるが、再び水を加えて練ると発酵が再開する。日本では昔から、古い土壁を壊して新しい土と混ぜ、再利用するということが当たり前に行われてきたが、この古人の知恵も理にかなっていると菅野教授は言う。「土の中の微生物の中には、乾燥すると胞子を作って眠る性質を持つものがいて、水を加えて練り直すと再び働き出し、発酵が再開することで丈夫な土壁に蘇る可能性があります。土壁の技術や手法は、職人が知恵と経験で行ってきたものだと思いますが、それを学術的に紐解こうとしているこの研究は、応用微生学としても大きな一歩になるのではないでしょうか。

これからの展望 TO THE NEXT

さまざまな土地の土に
焦点を当て、
さらに解析を進めていく

更に研究を深めていくにあたり、江尻教授の繋がりで土壁に詳しい学外の先生にこれまでの研究を伝えると、「土壁はどこの土を選ぶかが重要だ」と情報を得た。また、取材のために斎藤さんと江尻教授が京都の土壁職人を訪ねた際、そこでは意図的に小牧(愛知)のものを使っていることを知った。そこで次は、これまで実験に使っていた東京の土に加え、長岡技術科学大学の協力で長岡(新潟)の土や京都の左官職人さんの協力で京都の土など、異なる数カ所の土地で採取した土を集め、そこに生息する微生物の違いやそれらが土壁づくりに与える影響について調べていく予定だ。どのような微生物が、どのタイミングで、どのような働きをしているのかなども、菅野教授の協力のもと、今後さらに解析を進めていく。

MESSAGE 教員からのメッセージ学部を超えた交流によって、学生の研究はさらに広く深く進展する 住居学科※江尻憲泰教授 今回は、化学生命科学科の菅野先生にお話をお聞きできたことで、研究の方向性がより明確になり、深度も増しました。土壁という手法は、使われるシーンがほとんどなくなってしまったことで、どろ工場や職人の数が大幅に減少し、存続が危ぶまれています。この研究をきっかけに、サスティナブルな観点でも有効な土壁のすばらしさが再び注目され、使われる機会が少しでも増えたら、と願わずにはいられません。私も菅野先生にいろいろなお話を聞かせていただいて、多くの気づきと共に建築に対する視野がさらに広がった気がしています。このように、学部を超えた交流によって知見を広げることができたり、研究にご協力いただくことができたりするのは、本校の良さだとあらためて感じています。土壁と微生物!? その組み合わせに興味がわいた 理学部 化学生命科学科 菅野靖史教授 私が研究している微生物、生化学、バイオプロセスの分野は、主に食品や薬、化粧品などに応用されることが一般的です。今回相談をいただいた「土壁」というのは研究対象として初めてのことで、私自身もとても興味がわき、研究に協力させていただいています。土壁の製造過程を考えると、土壁が強度を持つためには、微生物が何らかの形で作用している可能性が濃厚です。現時点ではまだ土壁の強度の謎は解きあかせていませんので、5年、10年とかかるテーマになるかもしれませんが、引き続き、江尻先生の研究室の学生と一緒に研究を進めていきたいと考えています。※2023年9月取材当時の情報です ※2024年4月に住居学科を母体とする建築デザイン学部建築デザイン学科が誕生します MESSAGE 教員からのメッセージ学部を超えた交流によって、学生の研究はさらに広く深く進展する 住居学科※江尻憲泰教授 今回は、化学生命科学科の菅野先生にお話をお聞きできたことで、研究の方向性がより明確になり、深度も増しました。土壁という手法は、使われるシーンがほとんどなくなってしまったことで、どろ工場や職人の数が大幅に減少し、存続が危ぶまれています。この研究をきっかけに、サスティナブルな観点でも有効な土壁のすばらしさが再び注目され、使われる機会が少しでも増えたら、と願わずにはいられません。私も菅野先生にいろいろなお話を聞かせていただいて、多くの気づきと共に建築に対する視野がさらに広がった気がしています。このように、学部を超えた交流によって知見を広げることができたり、研究にご協力いただくことができたりするのは、本校の良さだとあらためて感じています。土壁と微生物!? その組み合わせに興味がわいた 理学部 化学生命科学科 菅野靖史教授 私が研究している微生物、生化学、バイオプロセスの分野は、主に食品や薬、化粧品などに応用されることが一般的です。今回相談をいただいた「土壁」というのは研究対象として初めてのことで、私自身もとても興味がわき、研究に協力させていただいています。土壁の製造過程を考えると、土壁が強度を持つためには、微生物が何らかの形で作用している可能性が濃厚です。現時点ではまだ土壁の強度の謎は解きあかせていませんので、5年、10年とかかるテーマになるかもしれませんが、引き続き、江尻先生の研究室の学生と一緒に研究を進めていきたいと考えています。※2023年9月取材当時の情報です ※2024年4月に住居学科を母体とする建築デザイン学部建築デザイン学科が誕生します