「生活の視点」で、町工場の未来に新しい風を!!

家政経済学科で学ぶ「生活の視点」は、SDGsそのもの。

家政学部は1901年の創設以来、生活する側の視点を大切にしてきました。経済成長や国家の繁栄を最優先するのが当たり前だった時代において、女性の高等教育機関から提示された画期的な視点だったと思います。
この精神は、私の所属する家政経済学科にも受け継がれています。この学科名は、多くの高校生には耳慣れない学科で何をするところなんだろう?と思わせる名前かもしれません。
学科のコンセプトは「生活の視点」×経済学。経済学領域の論理や方法論については、一般の経済学部の学科と同様に本格的に学びます。しかし、普通の経済学部とは異なる独自の特徴は、経済学の学問体系に、家政学部が大事にしてきた生活する側の視点の価値と論理が絡み合っているところです。私たちの学科では、幸せな暮らしを可能にする生活と社会がどうしたら実現できるのだろうということを考え続けてきました。
「生活の視点」という言葉を初めて耳にされる方も多いでしょう。少し、解説させてください。家政学の学問領域のキーワードの一つとして「生活者」があります。深い意味が込められた概念で、そのまま用いると逆に一般の高校生にはわかりにくいかなと学科の先生方と話し合って、「生活の視点」という言葉を学科のご紹介のときには使うようにしています。
「生活の視点」とは、「消費者、労働者、家族の一員、地域の住民などのさまざまな立場で経済や社会、自然と日常的に関わるあり方を総合的にとらえる視点」のことを指しています。またこの視点では「持続可能性」や「多様性」、「公平性」、「協力と分かち合い」などの価値を大切にしています。多様な立場にある人々のものの考え方や生活に思いをめぐらしながら、安心して幸せに暮し続けられる社会のあり方を探求していくことが、学科の社会的使命だと考えています。

このような考え方は、まさしくSDGsの精神そのものですよね。SDGsが国連サミットで採択されたのは2015年ですし、この価値の実現を国際的に議論する出発点としてよくとりあげられる”Our Common Future”で「持続可能な開発目標」が提示されたのは1987年です。このような国際的な動きが展開されるずっと前から、本学ではSDGsの精神を大切にしてきました。
新しい社会や生活のしくみを提言し、実践していくには、経済学を柱にしつつも、多様な領域との相互の交流と組み合わせが必要です。学科には、家政学や政治学、経営学など幅広い社会科学の学問領域の教員が所属して、その中で私は経営学を教えています。学科の中だけでも「総合性」の面から見ると、普通の経済学部よりも幅が広いですが、家政経済学科が所属する家政学部を見渡すと、理系・文系双方の非常に多様な学問領域の先生たちが身近にいらっしゃいます。このような多様な専門領域の学部の先生方と交流させていただきながらの教育と研究を、私はわくわく楽しんで生活しています。

モノの背後にある技や人の生きざまに思いをはせてみよう

大学院生時代から長く研究対象にしてきたのは、東京都大田区の町工場の世界です。機械・金属加工産業の中小企業がたくさん集まる日本のものづくりを代表する地域です。大田区には、高度な知的熟練を持ったスーパーマン的な職人たちがあちらこちらの小さな工場にいらして、小さな工場の間が、アメーバーのように次々と姿を変える独自のネットワークでつながり、最先端のモノづくりを支えています。
「工場」について、みなさん、どんな印象をお持ちですか。機械がどんどん動いている姿でしょうか。
ちょっと自分の身の回りを見渡してみてください。携帯電話、お財布、傘、カーディガン、ハム・サンドイッチ…、どれも世界の中のどこかでその材料が準備され、加工され、流通ルートにのってみなさんたちのお手元に届いています。製品ができあがるまでの一連のプロセスの流れのことを、経営学ではバリュー・チェーンと言います。「工場」はこのバリュー・チェーンの中で製造の工程を担います。
携帯電話でお友達にメッセージを送るとき、このカーディガン、ふわふわで気持ちいい!と身にまとうとき、このハム、美味しい!とほおばるとき、そのモノがみなさんの手元に届くまでに関わったたくさんの方の手や顔を思い浮かべることがありますか。そんなことをつい忘れて生活していることに、はっとさせられる機会を工場見学は与えてくれます。
工場見学は、モノの背後にあるすごい技やさまざまな人たちの生きざまに触れることができて、とても楽しいんですよ。私が大学院生のころは、大田区の町工場の世界に足を踏み入れる女子学生は確かに珍しかったのですが、「下町ボブスレー」の挑戦や「おおたオープンファクトリー」などが契機になって、女性や子どもたちにもぐっと身近な世界になりました。

大田区の町工場の世界×ファッション?

モノがつくられる現場が、経済の発展の中で私たちの生活から遠いものになりました。自給自足の経済では、モノづくりが生活の中にあったわけです。それが、特に戦後の高度経済成長期に私たちの生活からとても遠いものに変わりました。そういう環境の中で育ってきた学生のみなさんを、工場に連れていくと、五感を使ってたくさんのことを学んでくれます。
だからこそ学生をいろいろな機会をつくって工場見学に連れていきたいのですが、大田区の町工場の世界は、学科の学生たちのほとんどにとってとても縁遠かった世界です。布やハムが作られる背後の世界を思い浮かべることより、携帯電話の背後にある小さな部品や部品の製造装置が作られる世界を思い浮かべることの方が、想像力を駆使してもきっと難しいだろうなと思います。
大田区に「くりらぼ多摩川」という楽しい創造空間があります。工場長屋が軒を連ねる一角にある、閉鎖した工場をリノベーションしてつくられました。
大田区は従来、基幹業務は男性、補助業務は女性という性別役割分業が強く見られた地域です。しかし、「くりらぼ多摩川」の工場長と副工場長は女性の方です。工場長は、大田区のものづくりの工学や匠の技に、デザインやアートをかけあわせていくことに対して柔軟な発想をお持ちで、地域の中の多様な立場の方々をつなぐコーディネーターとしての役割を果たされていました。
工場と副工場長にご提案いただいたのは、「工場の廃材から作られるアクセサリーづくり」のワークショップです。工場で金属などの部材を削ったり穴を開けたりする際に出る細かな廃材は廃棄処分するのにもお金がかかります。現役の職人さんが1000分の数ミリの精度で金属を削る姿を見学し、このようなプロセスで生まれてくる不思議な形状の廃材を活用して、思い思いに自分好みのイヤリングづくりに挑戦しました。やはりファッションが絡むと、女子学生たちに機械金属の世界がぐっと身近になりますね。

大田区の創造空間でものづくりに挑戦中

町工場の廃材で作られたアクセサリー

ハタオリマチの町工場の世界とのコラボレーション

この活動を通じて、モノづくりと絡んだ持続可能性の問題を、学生たちがぐっと自分ごととして考えられるようになりました。それを踏まえて、今度は自分たちで自由にSDGsに関わるグループ研究のテーマを考えてもらいました。その中の一つが、衣服に関する持続可能性をテーマにした研究でした。学生の一人が、エシカル・ファッションのブティックでアルバイトをしていて、自然環境や人権に配慮した衣服に関心を持っていたことがきっかけで始まったグループ研究です。
当時、たまたま私が山梨県の未来を考える県の協議会の委員をしていたことがご縁で、山梨県富士吉田市周辺のハタオリマチの町工場の現地調査に、ゼミ生たちとゼミ合宿で行ってみよう!ということになりました。残念ながらこのゼミ合宿は、台風により山梨県と東京の間の交通が1カ月にわたって不通になるというハプニングが生じ、その翌年もコロナの問題が生じ、実現できないままここまで来ています。
しかし、コロナ下の制約を経験した学生たちは「オンラインだからこそできることがある」と主体的にアイデアを出してくれて、被服学科と家政経済学科の学生企画メンバーの協働による2020年9月のオンライン・コンファレンス「ファッションと持続可能性」が実現しました。当日のゲスト登壇者の方々からも学生たちのグループ活動や討議の様子へのたくさんのお褒めの言葉をいただき、私たち学科の教員が、学生たちに大きな仕事を任せることが、新しいことを創造する道を切り拓く上でいかに大切か、改めて認識した機会にもなりました。
この会ではファスト・ファッションの潮流の中で、大量の衣服がつくられ、大量に廃棄される現状が示されました。登壇者のお一人は、このような世の中の潮流を変えたいと先駆けて問題を提起し、「ロングライフデザイン」のコンセプトで新しい事業を立ち上げたD&DEPARTMENTの方でいらしたのですが、使わなくなった衣服を染め直し、新しい価値を生み出していく活動などが紹介されました。
昨年度のこの活動は、発展的に本学の総合研究所のプロジェクトとして引き継がれ、被服学科に加え住居学科の先生にも加わっていただき、学生たちと持続可能な新しい衣生活のあり方を考えています。衣服をつくるプロセスでも廃材部分が出るので、そうしたものを活用して、大田区のケースと同様にアクセサリーをつくるという活動も素敵ですが、私たちの学部には被服学科があります。家政経済学科と被服学科がコラボレーションすることにより、糸や布をつくる人々の活動や生きざまにも思いをめぐらせながら、1000年続いた織物の産地の技術と生き方が、自然環境と共生しながら次の時代に引き継がれていくことに貢献できるような衣服を製造し流通させる活動に取り組んでいきたいと、学生たちと取り組んでいます。

新しい価値への気づきを生む「生活の視点」

「地域経済の活性化×持続可能性」は、今、経済産業省も熱心に進めている時代のトレンドでもあります。しかし地域を構成する多くの中小企業にとって、SDGsという言葉はなんだか難しい存在です。自治体側が地域で行われているさまざまな取り組みを17の目標のどれに該当するか、マークづけをして前に進めようとしています。しかし、コロナの影響もあって経営状況が大変な中、SDGsのことを考えている余裕のない企業が多いのが実情です。
実践することは難しそうととらえられがちなSDGsですが、家政学部の伝統を背後に持つ学科のカリキュラムで育った私たちの学科の学生たちは、自然と呼吸するようにSDGs的な発想を持って、経済学や経営学の方法論を使い、ものを考えます。彼女たちが身に付けた「生活の視点」は、従来の常識が通用しない環境下で課題を発見し、深堀りし、そしてまわりのさまざまな人からの協力を引き出しながら新しい価値を創造する力の源泉となってくれています。
この夏、学科の学生たちのチーム「ラタトゥイユ」が、アドビと米国のアウトドア衣料品メーカーのパタゴニアのコラボレーションで実施された社会課題解決を目指す大学生向けコンペティション、College Creative Jam 2021で優勝しました。

https://www.jwu.ac.jp/unv/topics/20211130_interview_ratatouille.html

上記で彼女たちの活動が紹介されているのでよろしければご覧いただけるとうれしいです。このコンペティションでは、自然と共生する新しい農法を世界に広めることにより、食や農業の面での持続可能性を実現することに貢献するような新しいモバイルソリューションづくりで、全国の大学の学生チームが競い合いました。その中でチーム「ラタトゥイユ」は、新規就農者の農地取得を支援するアプリを開発しました。「ラタトゥイユ」の3人は、マーケティングをはじめとする経営学の知識、フィールドワーク調査の方法論に、アドビ社が提供くださったデザインに関する学びを組み合わせ、それに「生活の視点」がスパイスとして加わることによって見事、グランプリに輝き、オンライン視聴で応援していた私にとっても本当にうれしい驚きでした。
私は「手に届く身近な世界を変える行動の連鎖が世界を変える」という考え方を大事にしたいと考えています。SDGsに関心のある高校生はもちろんのこと、SDGsは「大切そうだけれどなんだか遠い世界!」と感じている高校生にこそ、ぜひ、私たちの学科で学んでほしいと思っています。
家政経済学科では、「生活の視点」を軸に、ファッション、食、機械、情報産業、金融、観光…など、さまざまな分野の産業を題材にしながら学んでいます。今はやりたいことややるべきことが見つかっていなくても、家政経済学科で4年間を過ごす中でいつのまにかSDGsを自分ごととして自然に考えられるようになります。
どの分野がピンとくるかは人それぞれですし、その人らしく学べればそれでいいという風土が本学には根付いています。私たち教員側は、学生の背中を押すために人をつないだり環境を整えたりするサポート役であり、あくまで学生が主体的に学ぶことを最大限に手助けできるような存在でありたいと思っています。

主なSDGsへの取り組み

  • 5.ジェンダー平等を実現しよう

    機械金属産業も繊維産業も、従来、性別役割分業がはっきりしていた産業です。そのような産業で「生活の視点」で新しい価値を創造したり、それを支えるコミュニティに貢献したりする女性の新しい働き方を提案します。

  • 8.働きがいも経済成長も

    大田区も山梨ハタオリ産地も、従来、下請け分業構造の中に埋め込まれていました。グローバル化が進み地域がキャッチできる需要が大幅に減少する中で、新しい価値の創造のために、働く人の能力をいかに引き出し、地域産業の持続可能性をどう生み出していけるかを考えています。

  • 12.つくる責任 つかう責任

    食、ファッション、機械など多様な産業を対象として、作り手の常識と使い手の常識のギャップをどう解消し、持続可能なライフスタイルをいかに生み出していくかを研究しています。廃材アクセサリー制作や工場見学等を通して、「つくる責任、つかう責任」を考える具体的な機会をつくることを、学びのプロセスで大切にしています。

  • 17.パートナーシップで目標を達成しよう

    他学科や山梨県富士吉田市との連携したプロジェクトで、他者と協働しながら社会課題を解決する実践で何が大切になるかを学びます。

関連する取り組み

一覧はこちら