おいしさと健康の両立は、まさに噛みごたえのある研究テーマです。

食べ物のおいしさを、科学的に解明する面白さを知った。

私は、主として食品の「硬い」「やわらかい」「もろい」といった食感を定量化し、それらが「おいしさ」や「食べやすさ」といった官能評価にどのように結びつくのかを明らかにする科学的研究に取り組んでいます。例えば、同じグミでも製品ごとに硬さが異なることがありますよね。私たちの研究成果はそれぞれの製品が狙いとする食感を精度高く実現するための技術として食品開発の現場で活用されています。
この分野を研究したいと意識するようになったのは、大学時代のことです。高校生までは、特に料理が得意だったわけでもなく、食に対して強いこだわりがあったわけでもない、ごく普通の学生でした。もちろん、おいしいものは大好きでしたが(笑)。ただ、生きていくうえで食は欠かせないものであり、その基盤を学びたいという思いから本学の家政学部に進学しました。直接的なきっかけとなったのは、大学の調理科学の授業です。この食材を使うとこのような食感になる、この調理方法だとこのような仕上がりになるなど、化学的、物理的に理論として解明していく面白さを知りました。いつも同じように作っている卵焼きが、日によってふわっとなったり硬くなったりするのはなぜだろう?といった疑問に対し、その理由が紐解けることになったのです。家庭科の教員になりたいと考えた時期もありましたが、このとき以来、私は特に食べ物の食感を研究することに熱中し、このテーマの研究は現在も続けています。大学での4年間はあっという間で「まだ自分は何も身についていない。もっと専門的に学びたい」という思いから大学院へ進学しました。その後も助手として研究室に残り、論文を書きながら博士号を取得し、今に至ります。

社会的弱者に目を向けQOLの向上を目指して。

私が研究で特に意識しているのは、3つのタイプの社会的弱者に貢献することです。
1つ目は、高齢者。高齢になると噛む力や飲み込む力が低下し、これまで普通に食べられていたものが次第に食べにくくなっていきます。高齢者向けの食品はすでに多数ありますが、極端に「やわらかいもの」「ドロドロしたもの」に偏りがちです。自分が高齢になったときのことを考えると「もう少し食感があっておいしいものが食べたいな」と思うかもしれません。そもそも噛む力や飲み込む力には個人差がありますから、なるべくその人に合った食べやすい食品が選べるようになってほしい、と思っています。そこで現在研究室では、寒天やタピオカなどのゲル状食品を用いて、外側と内側の硬さを変えたときに口の中でどう感じるか、飲み込みやすさがどう変わるかなどを調べています。茶碗蒸しのように具材が入った食品を想定し、外側(卵液の部分)と中身(肉やしいたけなどの具材の部分)の硬さや大きさ、数を変えながら、「一体感があるほうがよいのか」「中がやわらかいほうが飲み込みやすいのか」など食感に与える影響を細かく検証しています。こうした基礎研究によって、さまざまな高齢者が安全かつおいしく食べられる食品の設計指針をつくることに貢献していきたいと考えています。
2つ目は、アレルギーのある人。これまで長く取り組んできたのは卵や乳製品、小麦を含まない米粉パンです。製粉技術の進歩もあり、今でこそ米粉パンはおいしく身近な存在になってきていますが、研究当初は「おいしくない」「高い」と見向きもされませんでした。米粉にはグルテンが含まれないため、パンとして膨らませるのが難しく、ふわふわとした食感がうまく出せなかったのです。そこで、グルテンのかわりに別のタンパク質を使ったり米のタンパク質含量や米粉の粒径、吸水特性などを細かく分析し、どうすれば品質の良いパンができるのかを探っていき、やがてその技術の確立に至りました。卵や乳製品、小麦といったアレルゲンを使わないため、それらのアレルギーを持つ人が安心して食べられることはもちろん、日本の食料自給率の向上にもつながります。
3つ目は、被災者。災害が起きると電気やガス、水が使えず、食べられるものが限られてしまいます。特に高齢者や子ども、持病のある人にとっては、「食べられるかどうか」そのものが問題になります。栄養があっても硬すぎたり、調理が必要だったりすれば口にできません。そこでたどり着いたのが、雑穀のパフ化です。パフ化は穀物を加熱して圧力をかけて膨化させる加工技術で、雷おこしをイメージするとわかりやすいかもしれません。雑穀は栄養価が高く、パフ化すると水分が抜けるので保存性も高まり、軽くて持ち運びやすく、非常食や災害食にぴったりです。お湯やお茶をかければお粥のように戻すこともでき、高齢者や体調が優れない人でも食べやすくなります。また、雑穀や普通のうるち米だけでなく、もち米、インディカ米などもパフ化する研究をしており、どの素材がどの用途に向くかを調べています。この知見を生かせば、古米もおいしく食べられるようになり、食品ロス削減や未利用資源の活用にもつなげることが期待できます。
高齢者、アレルギーのある人、被災者。立場は違っても、おいしく食べたいという気持ちは誰もが同じ。我慢して食べる食ではなく、おいしくて選びたくなる食を念頭に、人がどのように感じ、どのように咀しゃくして、飲み込むのかの視点で、新たな食品の開発に取り組んでいます。

ヨーグルトの粘度を測定している様子

パンの水分活性を測定している様子

食感や味で選ばれる代替肉があれば、グローバルな食の問題解決にも貢献できる。

食の研究者として、環境や健康面に寄与することも強く心がけています。そのひとつが、将来世界的な人口増加により不足すると考えられる話題のタンパク質の摂取問題です。ここで着目したのが、えんどう豆、そら豆、緑豆などの豆類を原料とした代替肉。これらの豆を毎日のように食べる国もありますが、日本人は豆類の摂取量がそれほど多くはないため、活用できるのではないかと考えました。環境負荷の低減や将来の食料問題の解決策としても注目されている代替肉ですが、私が重視しているのは、食べて満足できるおいしさです。冷凍と解凍を繰り返して繊維状の構造をつくり、タンパク質の組織構造、水分の保持、噛んだときの食感などを制御することで、肉のような組織の再現を目指しています。この代替肉が新しい食品として食感やおいしさで選ばれるようになれば、日本人の栄養面はもとより、ベジタリアンやハラール食への対応など、グローバルな食の問題解決にも貢献できると考えています。
また先ほどお話しした雑穀の研究では、アマランサスやキヌアといったスーパーフードとして知られる雑穀を扱っています。これらはミネラルや食物繊維が豊富で、特に日本人に不足しがちなカルシウムや鉄も多く含まれているので、栄養価の高い食品づくりに最適な食材です。日本では古くから、お米の代わりとして仕方なく食べられてきたのが雑穀です。ところが時代が変われば、健康志向の人やセレブたちに価値ある食材として選ばれるなんて、面白いと思いませんか?

健康志向品への興味が、卒論のテーマに。

研究室では、学生たちの興味や疑問が、研究の方向性を少しずつ広げています。実際に、学生の「これ、やってみたいです」というひと言から始まった研究も多々あります。研究テーマを選ぶ理由も「家族にアレルギーの人がいるからアレルギー対応食品を研究したい」「祖母が食事に困っているから、高齢者向け食品を研究したい」といった、個人的な思いが出発点となることが多くあります。例えば、代替肉の研究も、世の中で注目され始めた頃に「大豆以外の豆を使って肉を再現してみたい」と言う学生の提案から始まりました。また、米粉パンの研究に、ダイエット食品などで使用される「サイリウムを使いたい」と言う学生もいました。私自身それまで特に注目していなかった素材でして、若い女性ならではの視点と言えるかもしれませんね。彼女はサイリウムを使用した米粉パンの研究を卒論のテーマとして卒業しました。現在も企業でパンの研究に注力しているそうです。
このように卒業生の多くは、食品開発や研究職に進みます。そして彼女たちは卒業後も「研究室で学んだ評価の手法やスキルは、会社で本当に役立っている」と言ってくれます。食品開発の現場ではおいしさだけでなく、毎回同じ品質のものが製造できているか、硬さや色が安定しているか、といったことを数値化して確認できなくてはいけません。そのときに必要なのが、食べ物の硬さや食べやすさなどを測定したり評価したりするスキルです。逆にこのスキルさえあれば活躍する場所を選びません。雑穀ベーグルを研究していた学生が卒業後、食肉関連の企業で品質評価を担当している例もあります。「パンを研究していたのに、今はお肉です」と本人は笑いますが、それだけ汎用性があることの裏返しなのです。
こうした学生一人ひとりの関心や背景が、研究室全体の多様性を生み、研究の幅を豊かにしていると感じています。

おいしさも健康も妥協しなくていい食の選択肢を増やしたい。

世の中の役に立つことをしようとすると、大きな目標を掲げなければいけない気がします。でも私が大切にしているのは、もっと身近なところから考えることです。学生たちにも、最初から大きな目標を持たなくてもいいと伝えています。パンが好き、甘いものが好き、健康が気になる、家族の食事を何とかしたい。理由はどんなことでもいい。そんな自分の中にあるちょっとした興味関心が研究の出発点になり、ひいては研究を続けていくための最大のモチベーションになるのです。
食べ物のおいしさと健康は、反比例するイメージがありませんか?太るから我慢する、体にいいからおいしくなくても仕方なく食べる、お米ばかりだとよくないから雑穀を食べる……といった発想もそれが原因かもしれません。でも本当は「おいしくてしかも健康によい」が、いちばんうれしいですよね。それにおいしさの感じ方は、人によってさまざま。だからこそ私は、おいしさも健康も妥協せずに、食の選択肢を増やすための研究を続けているのです。おいしいと思える食べ物に出会えて、それが健康や社会課題の解決にもつながっていたら、とても幸せなことだと思います。食の研究を通して、そんな人が少しでも増えてくれたら、研究者の私としても幸せです。

主なSDGsへの取り組み

  • 3.すべての人に健康と福祉を

    高齢者、アレルギーのある人、被災して食に困っている人など、食べることへの困難さを抱える人たちにも目を向け、誰もがどんなときも、健康的な食べ物を無理なくおいしく食べられる食品づくりに寄与している。

  • 9.産業と技術革新の基盤をつくろう

    豆類を原料とした代替肉の加工技術の確立をめざすことで、アレルギー食からハラール食まで、食における社会の多様なニーズに応えるための技術を提供しようとしている。

  • 12.つくる責任、つかう責任

    雑穀や古米を使用した食品づくりによって、生産者はフードロスや未利用資源の活用に貢献できるようになり、消費者においてはよりサステナブルな食品を選択できる機会を増やしている。

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