すべてのことは繋がっている。

さまざまな流れが合わさった著書とメキシコ産多肉植物の前で

初対面の人でも無料で泊める。そんな素晴らしい社会を研究したいと思った。

僕の専門は比較社会学と言って、特定のテーマに沿っていくつかの地域を比較することで、深い洞察を得ようとする学問です。タイの3つの農村を中心に、韓国やイギリス、日本の地方都市なども研究対象としています。
このような分野を研究するようになったのは、人生のいろいろな経験や出会いがつながっていった結果のように感じています。僕はなんとなく中学受験をしなければならないような環境で育ちました。時にはそれにいら立ち、壁を蹴るなどして反抗したこともあります。ちょうどその頃、受験生が勉強を強制してきた祖母を殺してしまう事件が起きました。ある種の共感を覚えた僕は、それをきっかけに社会的な問題に関心を持つようになります。一方、時代的には『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』などの漫画やアニメが流行していてそれらを通して宇宙や相対論・量子論にも興味があり、他方NHKの『シルクロード』やそこでの喜多郎や姫神の音楽にはまりアジアにも関心を持ち始めていました。その結果、理系なのですが文系にも関心をもった状態で大学まで進むことになります。入学後、最初の転機となったのは、見田宗介先生との出会いです。見田先生は、メキシコに滞在し体験したことをベースにかつ社会学はもちろん哲学・文学・歴史学・人類学・生物学・数学等についての広く深い教養をふまえて研究した著書を出版していました。それがとても印象的な内容で「遠い地域で自分の認識を根本的に覆したうえで、このように文系理系またがった学問的成果を出すやりかたもあるんだ」と衝撃を受けました。運よく見田先生のもとで学ぶことができ、それが大学院まで継続できたことで、比較社会学の自分なりの進め方を創り上げることができました。その中で、社会学の修士時代に安積遊歩さん立岩真也さん岡原正幸さんと出会ったことも大きかったです。このグループで行った『生の技法』調査は、国立近辺の障害者に録音インタビューをするスタイルで研究をしており、見田先生とは異なる手法でした。僕はこの二つのアプローチがどちらもいいものだと感じましたので、組み合わせたような方法をつくり上げたというわけです。
そんな学生時代、僕の趣味は外国語学習でした。数ある言語のなかでも特にタイ語と韓国語の優しく柔らかな響きに魅力を感じ、独学で始めたのち仲間と言語を学ぶ学外サークルに毎週通うようになりました。三鷹市にある学生寮で一緒に住んでいた友人から「そんなに好きなら1度タイに行くといい」と勧められ、トントン拍子で話が進み、紹介された東北タイ・コンケン大学の先生を訪ねることに。コンケンの空港に着くとすぐに車で大学のゼミそして自宅に案内していただき「旅の期間中は無料でここに泊まっていいよ」と、いきなり歓迎されたのです。知り合いを通じてとは言え、初対面の人にここまでしてくれるのかと強く印象付けられました。同時に、このような素晴らしい地域を研究してみたいという気持ちも芽生えます。博士課程を修了し、研究者として働き始めて少し経った頃。若手研究者をアジア各地に派遣する制度があり、これを利用してタイに2年間留学しました。現地では主に3つの農村を比較調査し、これをまとめたものは著書として出版することができました。これは現在の僕の研究を語るうえで欠かせない調査、体験となっています。

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「能力」の観念は、女性の国際収奪問題にまでつながっている。

僕はもともと試験(「受験」ではなく「試験」というところに理系的問題意識が込められています)やそれに通じる社会現象に興味があったことから、タイでの調査をまとめた拙著は「進学」を大きなテーマとしました。研究を進めていくうえでつくづく感じたのは、すべてのことはつながっているということ。例えば課題がひとつ見えたとしても、それを解決しようとすると、さらなる課題がいくつも見えてくるということを思い知らされました。進学にまつわる部分で言えば、「能力」の観念です。簡単な話、「能力」という観念があるとたとえば教育を通してそれを表現しようとするので、お金がある者が質の高い教育を受ける機会を独占しようとし、お金がない者がその機会を奪われるのです。日本でも似たような話は聞きますが、タイの農村の場合はよりシビアです。貧困がより深刻な家庭では、たとえ義務教育の途中でも子どもに学業を諦めさせて働かせるというケースも少なくありません。農村には金になる仕事があまりないので、そのような若者はバンコクなどの都市に出稼ぎに行くことになります。まずそこでは危険な労働を強いられるという、健康や命に関わるリスクが潜んでいます。加えて、若者はうまく稼げれば都市に住み続けることになるわけで、そうして働き盛りの人材流出が続いてしまったら、やがては農村の存続にも関わります。能力主義の問題は、貧困、労働、健康、環境、さらには農村女性の国際的収奪問題にまでつながっているのです。

村を守るために、池を掘りバナナの木を植える。

農村から見えてくるのは課題ばかりでなく、さまざまな解決のヒントを得ることもできます。特に農村地域においては、森林を伐採して田畑を広げる行為が世界的に見られ、タイでも同じようなことが行われていました。これは当然陸の豊かさを奪うことになります。加えて、木が減ることでその土地の保水力が低下し、洪水被害のリスクを高めてしまうのです。そこであるタイの農村でとられた対策が、バナナで囲まれた池の造成でした。バナナの木は包丁で切れるほどやわらかいのですが、その理由は木にたっぷりと水分を含んでいるから。そんな高い保水力を生かし、畑の真ん中に池を掘った上で周囲にバナナの木を「保水林」として植えるのです。洪水のリスクを減らすことはもちろん、バナナをそのまま食料にしたり、販売してお金にしたり、稲や野菜の栽培に水を利用したり、魚を養殖したりと、まさにいいことづくめ。バナナひとつだけでも、これほどまでにさまざまな課題解決に貢献できるのです。複合農業と呼ばれるこの農法の普及活動には、この村では当初女性グループが中心的に活躍しました。
これはほんの一例で、世界の農村および地方都市には、限られた資源を最大限活用しながら暮らすサステナブルな循環がそれぞれにあると感じています。例えば韓国では全州や水原、イギリスではノリッチやニューキャッスル、日本では川崎や石巻に感銘を受けていますが、そうした循環のよくできた場所を比較して見ていくと、お互いの地域はもちろん、モノであふれる大都市にとっても大いに参考になる事象がたくさんあるように思います。

韓国の地方都市 水原の市役所にて

人前でも鼻をほじるという異国ならではの習慣を研究した学生もいます。

研究室には、タイに限らずさまざまな地域を研究する学生がいますし、テーマも人それぞれです。近年で特に印象に残っているのは「ベトナムの鼻ほじり」を研究していた学生です。その学生はベトナムが大好きで、現地を訪れたこともあったそうですが、そのときにベトナム人が人前でも平気で鼻をほじることに衝撃を受けたと話していました。日本とは違う習慣を直接体験したことで、その学生ならではの面白い研究テーマを見つけられた好例だと思います。後にその研究内容は、ある価値の高い英文雑誌に掲載されるまでに至りました。着眼点のインパクトはもちろんのこと、興味関心が強いからこそ研究も充実した内容になり、評価されたという側面もあるのかもしれません。
また別の方向で印象的だったのは、イラストレーターになった学生です。研究室のメンバーでタイの農村を訪れたときのこと。都会育ちだった彼女たちのことを少し心配していました。というのも、助手時代にNGOのスタディツアーで別の大学の学生と一緒にグループを組んで行ったのですが、生活の不便さや衛生面のことを理由に「もう無理です!」と、途中で帰国してしまった女子学生がいたためです。ところがゼミメンバーと現地に行ってみると、彼女たちは農村での生活がすごく気に入ったようで、現地で飲んだ激甘の紅茶をお土産にするほどでした。帰国後卒業してしばらくして、そのグループの一人の学生がイラストレーターとしてタイを描いたという絵を見せてもらう機会がありました。そこに描かれていたのは、まるで竹取物語の蓬莱山のような極彩色の風景。農村での慎ましい生活からインスピレーションを受けた絵とは到底思えませんでした。想像力豊かな彼女の目にはそう映ったのでしょう。とても価値のある体験だったのではないでしょうか。国内で都会生活だけを続けていたら、彼女にこの絵は描けなかったと思います。いろいろな地域を見ること、体験すること、そして比較して見ることは、何らかの形で必ずその人の力になるはずです。

タイ北部ナーン県の農村にて

好きなことに本当に真剣になれれば、いつか必ず大事なところに辿り着く。

僕の研究を通じて世の中に何か伝えられることがあるとするならば、それはやはり「すべてのことはつながっている」ということです。物事をその場だけ見て「点」で判断せずに、僕の研究のように違う地域と比べて見てみたり、あるいは歴史的背景を調べてみたりして「線」や「面」でとらえられると、より理解が深まります。SDGsに関しても同様で、どれか特定の項目だけを問題視する、もしくは解決を試みるというものではないと思っています。実際にタイの農村では教育、貧困、労働、環境、女性、国際収奪などの課題が複雑に絡み合っていたように、社会課題の解決はそう簡単にはできません。だからこそ課題のつながりを把握し、時間や労力をかけて向き合っていくことが大事なのです。
でもそう聞くと、特にこれから学びを深めていく段階にある高校生や大学生は「ではどう学べばいいの?」と、少し身構えてしまいますよね。この問いに関する僕の答えは明確で「趣味でもなんでも、好きなことをやればいいんです」と言いたいです。昨今、将来は社会に貢献したいと考える若者が増えていると聞きます。大変立派なことですが、必ずしもそんなことばかりを考える必要はありません。僕の人生で言えば、なんとなく響きが好きで学んでいたタイ語や韓国語をきっかけに、現地を研究する職業にまでつながりました。まずは自分が興味のあることに没頭してみる。するとそこからさまざまなものが得られ、いずれ社会のために役立つ力として発揮される場面が来るものなのだと思っています。
ただそのためには、好きなことには本当に真剣に取り組む必要があります。面白いと思ったことがあれば、徹底的にのめり込みましょう。深く知ることは面白さをさらに増しますし、そんな熱中するものを持っているときは友達の輪もどんどん広がるものです。そこでの出会いを大切にすることも重要です。僕も大学時代の見田先生や安積・立岩・岡原さんやナーンのサムルワイくんやコンケンのサーイトーンさんやパタニのズルギフリくんをはじめ、多くの出会いが今の道へとつないでくれた感覚があります。今思えば、タイに留学して最初の村に向かう際、たまたま長距離夜行列車で目の前に座っていた人が、今は危険でほとんど行くことができない南部国境地域で数か月暮らせる機会をつくってくれるという奇跡的な出会いも経験しました。これは極端な例だとは思いますが、そうした出会いのチャンスを逃さないことで、よりよい人生につなげられることもまた事実だと思います。僕の研究室はもちろん、大学にはそのような出会いのチャンスはたくさんありますし、好きなことに夢中になれる時間も環境もあります。そうして得られたものが実を結び、いつの日か世界の誰かの役に立つことになるでしょう。そんなときに「すべてのことはつながっている」を実感することができるはずです。僕の研究がその「すべて」の入口の一つとして存在するのであれば、喜ばしい限りです。

主なSDGsへの取り組み

  • 1.貧困をなくそう 2.飢餓をゼロに 3.すべての人に健康と福祉を 4.質の高い教育をみんなに 5.ジェンダー平等を実現しよう 6.安全な水とトイレを世界中に 7.エネルギーをみんなに そしてクリーンに 8.働きがいも 経済成長も 9.産業と技術革新の基盤をつくろう 10.人や国の不平等をなくそう 11.住み続けられるまちづくりを 12.つくる責任 つかう責任 13.気候変動に具体的な対策を 14.海の豊かさを守ろう 15.陸の豊さも守ろう 16.平和と公正をすべての人に 17.パートナーシップで目標を達成しよう

    例えばタイの農村で進学の課題を考えるとき、教育以外にも貧困や労働、女性やLGBTの地位、健康と障害、村の存続に至るまでさまざまな課題が連なって存在していることを示したように、課題解決は何かひとつのことを考えればいいのではなく、すべてがつながっていることを認識したうえでのアプローチが大切であることを伝えている。

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