見えないものを信じることが、世界を平和にする。

心理学科への入学は、私にとっての“免罪符”でした。

専門は社会心理学です。社会における人の心の働きや行動を研究します。近年は宗教認知科学という分野を深く掘り下げています。さまざまな宗教の教義や儀礼などが、まわりの人や社会にどんな影響を及ぼすのか、科学的な観点から解き明かそうとするものです。
私は高校時代にバンド活動に明け暮れていて、宗教はおろか心理学にすら興味を持っていませんでした。大学進学も頭になく、なんとなく受験したもののすべて不合格。そこで親からの説得を受け、大学入学をめざし浪人生になることに。私は「親と同じ大学に行けば、文句を言われずにバンド活動ができるだろう」と、まるで免罪符を求めるようにして受験勉強に向かったのです。入試は2つ日程があり、1日目は好きだった史学科、2日目は苦手な理系の学科が中心でしたが、せっかくだからと唯一文系だった心理学科を受験。幸運にも両方とも合格できました。当初は史学科に行くつもりでしたが、よくよく調べると心理学科は偏差値が非常に高い。迷った末に“免罪符”としての効力が高いと感じ、心理学科を選んだのです。とんでもない理由ですね(笑)。進学後はもちろんバンドに打ち込む日々でしたが、心理学もいざ学んでみると面白い。当時は、人間関係において人は自分をどうとらえているのか、「自分らしさ」をどう保っているのかなどに興味があり、そのあたりをテーマとして扱う社会心理学に最も強い関心を持ちました。
そのような研究を続けて大学教員にまでなるわけですが、あるとき卒業生とのふとした会話をきっかけに研究が転換点を迎えます。卒業生は「ぬいぐるみに心があると想像することがあるんですけど、それって神様や幽霊に対しても同じなんでしょうか?」と話すのです。自分が他者をどう認知するかにはもともと興味がありましたが、その他者が超自然的存在になるのは面白いと感じました。調べてみると、ちょうど海外では宗教認知科学という研究分野が流行し出していたタイミング。日本ではこの研究分野はまだほとんど知られていなかったこともあり、10年ほど前からこの分野に入れ込んでいます。

「見られているとちゃんとしようとする」人の性質を利用。

たとえ知らない人とでも、ダンスなどに一緒に取り組むと親近感が増しますよね。人は動きの同期があると相手に好意を持ちやすいようです。例えば、私の研究では、見知らぬ人とパソコンのキーボードを同じタイミングで押すだけで、何もしない相手よりも相手に対する好意が上がるという結果が得られています。それだけではなく、お金を分配させる課題を行うと、動きを同期させた相手には、させなかった相手に比べてたくさん分配するようになるという先行研究もあります。生物は基本的に、自分以外なら血縁関係者を守る傾向にあります。その昔は人間もそうだったと考えられていて、親族が一緒に暮らすとなると多くても50~100人程度の規模になり、それ以上の集団となると分裂が起きるはずです。ところが実際には、人間は数百〜数千という大規模な集団で生活するケースが多く見られています。なぜ大規模な集団を作ることができたのか、そこには宗教も一要因として介在していたのではないかと考えられているのです。
宗教にはお祈りをはじめとしたさまざまな儀礼や作法があり、同じ宗教の人は同じように行動しますから、当然仲間意識が強くなり、困ったときに助け合うなどのよい社会的関係を築けるのです。
神様など目に見えないものを信じることも、宗教の特徴のひとつです。人は誰かに見られていると思うと、少なからずちゃんとしようとしますよね。実際に多くの宗教でも「いつも神様が見ている」のようなことが言われますし、たとえ宗教を信じていなくても、日頃から「お天道様が見ている」「ご先祖様が見守ってくれている」などを意識する人もいるのではないでしょうか。これは人の性質をうまく利用しているとも言えますし、子どもの躾にも役立ちます。親の言葉よりも、存在自体がよくわからない神様の言葉としたほうが、より凄みを増しますから。さらに言えば、宗教は地域での生存におけるリスク低減にも貢献していたと考えられます。例えば病原菌に感染しやすい地域の宗教に、清潔をより意識した教義や儀礼があることで、人々は知らないうちに感染しにくくなるのです。宗教は、その地域で安心・安全に暮らし続けるために大切なことを伝えるツールとして機能してきた側面もあると言えそうです。
おまじないや、願掛けといったもの、ローカルなルールなどもそういった科学的な理由があるのかもしれませんね。

行動同期実験の様子

宗教は、人々が仲良くするために生まれたのかもしれない。

これまで世界各地で数多くの宗教・宗派が生まれては消えを繰り返し、ある地域ではその存続期間は平均で25年ほどだったとの報告もあります。ところが世界に現存する宗教を見ると、キリスト教や仏教などの世界宗教はどれも何千年と続いています。これらの宗教の特徴を挙げるとすれば、向社会的で利他的、つまり自分や身内だけでなく他者の利益や幸福も重要視する傾向があることです。「みんなで仲良く暮らしましょう」というイメージですね。だからこそ、これだけ人口が増えた現代でも残っている宗教であるとも言えますし、社会の変化に合わせて宗教をそういう方向に調整していったことで続いていると言えるかもしれません。
これまでのことから、宗教はもともと人々が仲良く、そして安心安全に暮らしていくために生まれたとすら考えられます。特に日本では戦争やテロのイメージで何かと不気味がられる宗教ですが、一つひとつの機能を知っていくと、むしろ多くの宗教の矢印は平和へと向いていることがわかるのではないでしょうか。ただ現状の課題としては、同じ宗教同士はもちろん平和を望むのですが、自分とは別の宗教を信じる人たちとも、同じように仲良くするにはどうすればいいのかという点です。この点についてはまさに今世界各国で研究が進んでいるので、ぜひ私としても追いかけていきたいですし、ここから世界平和につながるヒントが得られると信じています。

高校時代に抱いた疑問を、大学で研究・解明へ。

日本では宗教の話は嫌われる傾向があり、授業で初めて宗教の話を聞く学生から受ける印象も同様です。ただ、話しているうちに宗教に興味を持つ学生は多いと感じます。日本では仏教や神道の教えが日々の慣習として広く根付いているので、ある意味誰にでも通じる日常生活のこととして学べます。それに何千年という壮大なバックグラウンドから、前述した宗教の機能という細部までを知ってくると、面白がって熱心に研究してくれる学生も何人も出てきます。少なからず、宗教のよくないイメージの払拭に貢献できているのではとの自負もありますね。
私のゼミのある学生は、高校時代に仏教系の授業があり「常に見られていると思いなさい」と聞き、なるほどと感じたと同時に、なぜそうなるのか疑問に思ったそうです。ただそのときは追求することもできなかったし、そもそも宗教を解き明かそうとすることに対しての抵抗感も少なからずあったと。のちに私のゼミと出会い「ここだ!」と思ったようです。彼女は「なぜ人は見られていると感じるとちゃんとしようとするのか」をテーマに立派な卒論を書いてくれました。当時抱いた疑問にようやく迫れる術を手に入れたという充実感からか、日々とてものびのびと学んでいるように見えますね。

石井先生の著書

多面的な見方ができると、意見の違いを乗り越えられる。

心理学は、非常に多面的な学問です。同じ現象を見るにしても、社会心理学、臨床心理学、認知心理学などアプローチが多彩。「こういう見方もあるのか」をいくつも得られる点は、心理学を学ぶ魅力のひとつです。例えば遅刻した人に対して、私たちは短絡的にだらしがないと思ってしまいがちですが、もしかしたら道中で誰かを助けていたなど、やむを得ない事情があったのかもしれません。この考え方は、目の前の問題に対する解決方法をいくつも提案することにつながっていて、社会に出たときに役立つのです。近年はSNSなどを通じて個人が発信しやすい時代ですから、陰謀論など一面的な見方から発信される情報も多くなっています。そもそも科学的に存在している紫外線なども、目で見ることができないので、正確な情報を得ることは、実は案外難しいことなのかもしれません。できる限り正しい情報を得るためにも、心理学は有用だと言うこともできるでしょう。
「宗教」に対する拒否反応も、つまりは同じことです。神様など目に見えないものを信じる宗教ですが、例えば身近なところでは酸素や二酸化炭素などの空気、Wi-Fiの電波、あるいは魂まで、私たちはさまざまな目に見えないものを信じて暮らしています。心理学も心という目に見えないものを研究対象にしており、心の存在を信じているからこそ、心理学は学問として成り立っています。その意味では宗教と似ているのかもしれませんね。ただ、信じるという行為はそれ以外を排除してしまうことと表裏一体です。以前、非常に一面的な意見を持った学生がいて、私の話はおろか、他の意見には耳も貸さないような状態でした。そこで頭ごなしに否定するのではなく、それこそ多面的な視点から「その意見もわかるよ」と長い時間をかけて寄り添ったのです。すると、少しずつ他の意見も聞いてくれるようになり、最終的には「その話もわかるかも」と言ってもらえました。自分と違う意見があるのは当然です。大事なのは、違うからといってすぐに相手を否定し争うのではなく「その考えもあるよね」とお互いが認め合うために努力することだと思います。その意味でも心理学で物事の多面性を学ぶことは大切ですし、心理学は世界平和に欠かせない学問である……というのは、少し言い過ぎでしょうか。

主なSDGsへの取り組み

  • 10. 人や国の不平等をなくそう

    宗教には科学的な理由があるということを研究することで、あらゆる宗教を信じる人、または信じていない人が平等であり、特定の宗教を信じることで差別を受けることがないようにするべきであると伝えている。

  • 11. 住み続けられるまちづくりを

    礼拝や祭り、踊り、儀式など、宗教のように地域に根付いている行為が、その地域を存続することにつながっている理由であることを解き明かしている。

  • 16. 平和と公正をすべての人に

    宗教も含め、信じるものが異なる人や異なる正義を持つ人々がお互いを理解して尊重しあえるよう、科学的に社会心理学という学問として研究をしている。

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