「知らなくていいよ」と言われた気がして、知りたくなった。
私の専門分野は、イスラム教徒たちが多く住む地域、すなわちイスラム地域の歴史です。特に西アジアを中心に、二大宗派であるスンナ派・シーア派の関係を、両派それぞれの宗教指導者たちを描く文献を読み解きながら掘り下げ、宗派を語ることが各時代・地域の政治や社会にどんな影響を与えていたのかを研究しています。
もともと研究テーマにイスラム教を選んだ強い動機があるわけではなく、歴史全般が好きだったことが影響しています。高校生の頃まで、考古学や日本史、西洋史、中国史いずれの分野にも興味を持っていました。ただ学びを深めるにつれ、学校で学ぶ世界史の内容に疑問を抱くようになっていったのです。中国史、西洋史などは詳しく学ぶ一方、その他の地域については明らかに学ぶ内容が少ない。文献や研究書はたくさん存在するのに、です。「その他の地域のことはそんなに知らなくていいよ」と誰かに勝手に決められているような気がして……反骨心からその「その他」のことを学びたい気持ちが強くなりました。大学に入ってから、アラビア語やペルシア語で書かれた歴史資料の世界に触れ、次第にイラン、そして西アジア全体に関心が移っていきました。そうした中で、ニュースで頻繁に語られるイスラム教の思想や文化がどのような展開や変遷を経て形づくられていったかを深く理解したいと思うようになり、現在の研究テーマにたどり着きました。
20億人すべてをひとくくりにすべきでない
イスラム教と聞くと、戦争やテロのイメージを持つ人は少なくないでしょう。ニュースなどでも「イスラム過激派の武装組織が~」などとよく聞きますよね。このせいもあり、多くの人は知らないうちに「イスラム教徒=自分たちには理解しがたい、怖い人たち」と思ってしまいがちです。しかし、イスラム教は世界三大宗教の1つで、その信徒の数は全世界で約20億人にのぼります。その中に武装組織がありテロリストもいるのは事実ですが、だからといって20億人すべてを怖い人だと思ってしまってよいのでしょうか。
このことを、逆の立場から痛感した経験があります。私は以前、イランに留学していましたが、ある時、タクシーの運転手さんから突然「なぜ仏教徒はイスラム教徒を殺すんだ?」と言われました。よくよく聞くと、仏教徒の多いミャンマーで、少数派でイスラム教徒が多いロヒンギャ族が迫害を受けていることを話していたのでした。日本も同じ仏教の国だからと、運転手さんは私にそんなことを言ったのでしょう。もちろん私は強烈な違和感を覚えましたが、同時にハッとしました。私たちも同じように、イスラム教の人々をひとくくりで語ってしまう場面がどれだけ多いことかと。
これは日本だけでなく、欧米諸国にも通じる話です。40年以上も前に、アメリカの学者エドワード・サイードは「報道ではイスラム諸国の政治や社会の問題を宗教に結びつけて説明しがちである。しかもその多くは、実は宗教が原因というわけではない」と語っています。実際に近年までずっと、スンナ派が多いサウジアラビアとシーア派が多いイランで宗派間対立が続いている、と世界で報じられてきましたが、この2か国は2023年に国交回復に合意し、関係を改善させました。報道の通り宗派が対立原因であれば、どちらかの宗派がなくならない限り対立は続くはず。ところが両宗派は今も変わらず存在しています。これは対立の原因が別のものだったことの証です。「イスラム教とは〇〇な宗教だから」や「イスラム教徒は〇〇な人たちだから」と、何でもすぐに宗教そのものや信徒全体に結び付けてしまうのでなく、もっと政治・社会的背景に原因に目を向けるべきです。
お酒が大好きなイスラム教徒がいたって不思議じゃない
1日に何回もお祈りをする厳格な宗教というイメージも根強いイスラム教ですが、それも私からすれば一面的な理解です。宗教熱心な人であれば、たしかにそのような日々を過ごすでしょう。そういう方々ももちろんたくさんいます。でも、そうでないイスラム教徒がいても驚くことではありません。例えば、イスラム教の教義はお酒を飲むことを明確に禁じています。私が留学していたイランでは酒の製造、販売、摂取は法律で禁止されています。ところが、そんなイランにもお酒を飲む慣習があります。どの程度教義のことを考えて生活するかはその人次第であり、教義を柔軟に解釈する人もいれば、教義なんていちいち気にしないという人もいるでしょう。「自分は酒を飲むぞ」と公言したり、外で酔っぱらって騒いだりしたらもちろん問題です。しかし、プライベートでお酒を楽しむことは、イランでも、他のイスラム諸国でも、広く行われていると言われています。もちろんプライベートでのことですから、もし普段飲酒をしている人がテレビ取材で「あなたは飲酒をしますか」と聞かれれば、「いいえ、私はイスラム教徒なので飲酒をしません」と答えるのでしょう。でもそれで良いのです。なぜなら、それ以上のことはその人本人と神様の間の問題なのですから。
現在日本では、イスラム教徒の外国人の受け入れについてさまざまな話題が飛び交っています。私の立場からすれば、イスラム教徒を受け入れるも何も、すでに百年近く前から一緒に暮らしているのです。現在では、日本人のイスラム教徒も数万人いると言われているので、もはや外国人の宗教というわけでもありません。共生するかどうかという問いは時代遅れで、今は「どのように共生するか」を考える時です。もちろん共生とは、すべての要望を無条件に聞き入れるということではありません。例えば、「イスラム教では音楽は禁止なので、学校で自分の子どもを音楽の授業に出席させないでほしい」と言う保護者がいるかもしれません。では、私たちは「そうか、イスラム教徒の子どもには絶対に音楽を教えてはいけないのだな」と判断すべきでしょうか。イスラム地域にも音楽の文化はあり、伝統音楽や宗教音楽など様々な分野があります。「イスラム教徒だから音楽は禁止」という考えもまた、イスラム社会についての一面的な理解に過ぎません。そもそも日本では子が親と同じ宗教を選ぶ義務はありませんし、宗教を理由に義務教育の内容を制限するということについては、慎重に議論すべきでしょう。ですので、「私たちの社会ではこういうことを大事にしたい」と、相手とコミュニケーションをとりながら伝えていくことが重要です。そのためにも、イスラム地域の社会や文化を、私たちがもう少し広く知ることが求められるのではないでしょうか。知ろうとする中で交流の場が生まれ、理解や共感できることだって増えていくでしょう。
神戸、名古屋のものに次いで、日本で3番目に古い東京代々木のモスク※
※最初の建設は1938年で、現在の建物は2000年に再建されたもの。建設当時の日本では、国策としてイスラム世界への宣撫工作が行われており、落成式には頭山満、松井石根、山本英輔といった、日本の大物政治思想家や陸海軍の重鎮が列席した。
色や形がバラバラのモスクが多彩な文化を物語る
私は学生たちに、イスラム地域の主な言語であるアラビア語やペルシア語も教えています。右から左に読んだり文字同士がつながっていたりして馴染みがないため、学生の多くは最初難しく感じます。ただ、これが少し読めるようになると、色々なことがわかってきます。例えば、最初は得体の知れない文字で書かれたように思えるアラビア語やペルシア語の看板も、文字が少しでも読めるようになるだけで、「スーパーマーケット」「ホテル」「メトロ」など、日本語でもカタカナで書くような外来語がアラビア文字で書かれていることに気づきます。つまり、文字の知識があれば、写真に写る町は私たちが暮らす街と同じような場所であり、そこには同じように日々生活する人々がいるのだと理解するようになるのです。
世界中のさまざまなモスクの写真を見せるのも、私の授業では定番です。玉ねぎ型のドーム建築のイメージを持つ人も多いでしょう。ところが、その姿形は地域によってかなり差があるのです。ドームがないモスクもたくさんありますし、アフリカには泥で成形した建物に木の枝を突き刺したようなものも存在します。色や形もある意味バラバラに見えるのですが、実は時代や地域ごと、あるいは当時支配していた王朝ごとにモスク建築にも共通性がみられることがわかります。そこから時代背景に興味を持つ学生もいますし、イメージと異なるモスクの存在に驚く学生もいます。私たちは無意識に、よく知らない文化について、理解が難しいはずと思い込んだり、単純化して一括りにして理解したりしてしまいがちです。ですが、イスラム教や西アジアの文化に限らず、そうした先入観を克服していくことが、本来の意味で文化理解の第一歩になると考えています。
多種多様なモスク
ペルシア語で「パーキング」と書かれている看板
自分たちの社会のこととして考えてほしい
イスラム地域の歴史と文化について学ぶことは、英語を学ぶことと似ているところがあります。時折「私は外国に行かないから英語を学ぶ必要はない」と話す学生を見かけますが、そういう問題ではありません。私たちがどこに住んでいても「英語を使う環境」の方が私たちを取り巻いているのです。同じように、たくさんのイスラム教徒が日本で暮らしているのは、すでに当たり前のことになっています。彼らについては、どこか遠い国の話ではなく、私たちの社会の一部のこととして受け止めるべきです。
このことは、社会を「世界」に置き換えてみても同じです。この世界に私たちが暮らしている以上、すでに私たちはイスラム教徒の人々と深く関わっています。そこで大切なのは、お互いをよく知ることです。例えばイランを歩くと、日本について関心を持つ人々が思いのほか多いことに驚かされます。柔道や空手は人気スポーツですし、それ以外に忍術道場というものもあります。漫画やアニメはもちろん、日本人のサッカー選手のことだってよく聞かれます。そうかと思えば、「日本の首相はどうして頻繁に交代するの?」、「原子爆弾を落としたアメリカをどう思う?」といった政治や歴史の質問もよくされます。イランの人々は日本を知ろうとしているのですから、私たちだって彼らについてどんどん関心を持つべきだと感じています。
本学史学科ではイスラム地域の歴史はもちろん、イスラム教と関連する文化や生活といった部分も含めて広く学ぶことができます。私もそうだったように、最初から西アジアなどのイスラム地域に興味がなくてもかまいません。むしろもっと気軽に学べる分野であることを多くの人に伝えたいですし、学んだことは私たちの毎日に直結する話なのだとまずは知ってほしいです。
※2026年4月より史学科は歴史文化学科に名称を変更します。
(文学部スペシャルサイト|日本女子大学)