北欧の地で、日本の生きづらさを知る。
障害者の自立生活および、知的障害者の結婚や子育ての研究をしています。この分野に最初に興味を持ったのは社会人数年目で、当時勤めていた小さな旅行会社で障害がある人たちの団体旅行を担当したことがきっかけでした。私が勤めていた会社は、企業や団体の視察旅行をプランニングするのが主な仕事でした。あるとき福祉の進んでいる北欧の施設を見学したいと、障害者のグループから依頼がありました。勉強になるからと会社から勧められ、私はその旅行に添乗員として同行することになりました。現地では、施設見学のほか、障害者の方々と観光地を巡ったり、夜は街の酒場で一緒にお酒を飲んだりしました。楽しい時間が過ぎ、帰国の日が近づくと、彼ら彼女らは真剣な顔で「帰りたくない」と口にするのでした。そしてそれは普通の旅行者がいう言葉よりも切実なものでした。聞くと、日本では冷たい視線を浴びたり、面倒くさそうに対応されたり、ひどい場合には入店を拒否されたり、障害者は気軽に出かけたり、飲みにいったりできないとのことでした。一方旅先では店員や客が車椅子の人に自然と手を貸してくれたり、人々が誰に対しても同じようにフレンドリーに接してくれて心地よかったとのことでした。私は障害がある人たちが感じている日本の生きづらさに衝撃を受けるとともに、共感も抱きました。一昔前、女性は「クリスマスケーキ」に例えらえていたのをご存じでしょうか。クリスマスケーキは、12月25日を過ぎると「売れ残り」。つまり女性は25歳を過ぎたら結婚できない「売れ残り」だと評価されてしまう社会だったのです。年齢や性別で生じる生きづらさと障害があることで生じる生きづらさ。どちらも自分では変えることのできないもので生き方が決められたり、評価されたりしてしまう、その理不尽さに共感したのだと思います。
帰国後、旅行会社に勤めながら、障害のある人の移動・旅行について学ぶ有志の会に参加しました。そしてもっと本格的に学びたいと、本学の社会福祉学科に編入して学び直すことを決断しました。そこで出会ったのが、「障害の社会モデル」という考え方です。障害者の生きづらさの原因は障害者の側にあるのではなく、彼らの存在を想定していない社会側にあるという考え方です。昔は車椅子の人に対するバスの乗車拒否があったり、エレベーターのない駅も数多くありました。でも今はそれらが変化し、障害がある人たちもバスや電車を利用して出かけることができるようになりました。彼らのカラダにある障害は変わっていないのですが、社会のほうが変わることで生きづらさが軽減されたんです。これは先の旅行の例でいえば、私が添乗した旅でご一緒した人たちは、海外ではバリアを感じなかったけれど、同じ身体なのに日本では生きづらさを感じた。つまり、社会が変われば障害はなくなる。私が体験してきたことが適切に言語化・概念化されていて、まるで私を応援してくれているように感じ、より研究に没頭し、現在に至るまで同じ領域を研究し続けています。
子育てを諦めさせるのではあなく、子育てができるようなサポートを。
障害者の暮らしのなかで特に不平等や不公平を感じるのは、恋愛や結婚・子育てについてです。例えば同じ施設で長い時間ともに過ごしていれば、恋愛感情がわくこともあるでしょうし、カップルができるのもいたって自然なことです。ところが多くの施設はこれを歓迎しません。理由のひとつが子ども。「自分のこともできないのに、子育てなんて無理でしょう」と考えているのです。そのため施設スタッフは障害者の恋愛に「お金が貯まってからね」、結婚や出産を「料理ができるようになってからね」などと条件を与え、遠ざけます。普通、パートナーができたり子どもを授かったりしたときには、まわりから「おめでとう」と言われますよね。それが障害者の場合は「どうするの?」。親もその反応を見せるのです。なかには親に反対され駆け落ちしたという方もいました。でも知的障害者の場合は、親や支援者の反対を押し切ってというのは難しいことが多く、結果として、恋愛や出産を諦めたり、結婚に至るまでの恋愛期間がとても長くなったりします。このように現代社会でも、実質的に自由恋愛が認められていない人々がいるのです。とあるグループホームでは、障害者カップルに不妊手術を推奨したという事案が発生しました。現在の障害福祉サービスの提供を条件にしていたので、“推奨”とはいえ半強制的であったといえます。これは何十年も前の話ではなく、なんと2022年の出来事です。
このように憲法に保障された権利が障害者だけ保障されていないのは、重大な人権侵害です。大切なのは、障害者でも安心して子育てができるようサポートの仕組みを、社会側が提供することなのです。海外にはそのような制度が整っている国もあるので、参考にするべきだと思います。ただ、日本はそもそも子育てへのサポートが全体的に弱く、障害者に限った話ではないこともわかります。障害者の生きづらさを研究していると、実は障害のない人にとっての生きづらさでもあるという結論に至ることが多いのです。社会課題は障害の有無で分けられておらず、地続きでつながっていて、障害がある人により強化した形で現れるのだと認識させられます。
障害者の性の問題の根幹は、日本の性教育の遅れにあり。
これは本当にあったことですが、最近知的障害のある女性が妊娠し、周囲が彼女の妊娠に気づかないうちに出産に至り、本人が混乱して子どもを死なせてしまった事件が複数ありました。相手の男性がわかっていて、その中には元支援者もいましたが、どの例も知的障害のある女性だけが罪に問われました。妊娠は医療技術を駆使しない限り、女性一人ではできません。しかし、残念ながら、現在の法律には該当する罪名がなく、相手の男性を裁くことができないのです。
またこうした事件が起きると被害者である障害女性に対して、判断力がないから、性のことを知らない・コントロールできないから、こうした事件が起こるとレッテルを貼ることがありますが、この事件の話、障害のない女性に当てはまる話だということにもすぐに気づいていただけたでしょうか。こうしたことが起きてしまうそもそもの原因に、日本全体の性教育の遅れが考えられます。そこに拍車をかけたのが、2003年の七生養護学校事件です。この学校では当時、人形を使うなどしてリアルな性教育の授業を行っていました。ところが突然、東京都の議員から「ふしだら」との指摘が入り、教員たちが処分を受けてしまったのです。結果的には学校側が裁判で勝つのですが、それまでの約10年間は、教員たちの性教育への意欲を大きく削ぐものとなりました。日本全体が十分な性教育を受けられていないのに、障害者に性のことをきちんと伝えられるわけがありません。求められるのは、障害者だけが性教育を必要とされるのではなく、私たち全員への性教育なのです。
特に障害があり女性であることなど、複数のアイデンティティが重なることでより不利な立場に置かれてしまうことを複合差別、あるいはインターセクショナリティと呼びます。マイノリティに置かれた不利な立場を理解するために、現在世界中で重要視されている考え方です。
安定した仕事を捨て、自分の信じた「福祉」の道へ進んだ学生も。
障害がある人たちとつながることで、価値観が変わった、人生が変わった学生たちがいます。ALS(徐々に全身の筋肉が動かせなくなる難病)の患者さんに来ていただき、文字盤を使った患者さんとの会話を練習する授業を実施していました。文字盤は五十音などの文字や記号が書かれた透明なボードで、これを患者さんと自身との間に配置することで、視線やまばたきから言いたいことを読み取ります。本来、患者さんに係るすべての人が使えるようになるべきツールですが、時間がない・難しそうなどと看護師や医療関係者も利用しようとしないのです。しかし、1コマの時間内でもある程度コミュニケーションが取れるようになります。この授業をきっかけにALS支援に興味をもち、在宅支援のバイトを始め、訪問介護の就職に就いた学生もいます。
また別の学生は、公立のリハビリテーションセンターに就職したもののすぐに辞めて、障害者の地域生活を支える団体で働くことにしたと聞きました。この学生は、学生時代に障害者の自立生活の支援に携わった経験があったので、リハビリテーションセンターで働いているとき、「この人はサポートを得ながら地域で自立して生活できるのでは」と感じることが多々あったそうです。ところが、施設側にも障害者側にも地域で支援を得ながら一人暮らしをするという発想がなく、不満を抱えながらも施設での集団生活に自分を合わせようとしていたそうです。もっと自由に生きてほしい、できる、そういう支援がしたいと彼女は考えたそうです。
もちろん施設での集団生活のほうがよいという人もいるのかもしれません。ただそれは情報がないだけなのかもしれません。もし障害者が地域で暮らしたいと考えるならば、それを叶えるために情報収集し、使える制度を提案し、使えるようにする。足りない社会資源はどうすれば確保できるのか、創造できるのかと考え、行動することが社会福祉の仕事なのです。
学生たちとの活動の様子
一人暮らしの障がい者の方と
現代の日本に差別が存在していることを知ってほしい。
「みんな」と聞いたときに、無意識のうちに障害者が抜けていることがありませんか?障害がある人がいたらどんなことが起きるだろうかと想像することが抜けていませんか?障害者の生きづらさは「みんな」の生きづらさですから、分けて考えるほうがおかしいと言うかもしれません。もちろん「障害者が困っていたら助けよう」と考えられる人は立派です。でも本当は、より多くの人にもう一歩だけ思考を踏み込んでいただき「障害者を困らせてしまっている社会を変えよう」と考えられるようになってほしいのが、私の願いです。いきなり大声を上げたり走り出したりしてしまう障害者も、常にそうなってしまうのではありません。そうさせる何かがあるから行動として表に出てしまうのであって、その何か、環境にある要因をどうにかすることが大切なのです。
1948年に「優生保護法」という法律が制定されました。2万5千人を超える障害者が同意なく不妊手術をされるという強制不妊手術が行われました。今では考えられない人権侵害ですが、これが最高裁で違憲とされたのは、なんと2024年。つい最近のことなのです。
近年は移動や交通など改善が進んでいる側面もある一方、偏見や差別はまだまだ社会に残っています。つい先日も、婚活イベントに障害者が申し込んだところ「心身ともに健康である人」の条件に当てはまらないとのことで、参加を拒否されたということがあったそうです。
残念ながら、現代の日本にはまだ差別は存在しています。差別はそれに気づき、声を上げ、行動することで少しずつ是正できます。障害者が生きやすくなる、すなわちすべての人が生きやすくなる世の中をめざし、これからは「社会の側にある障害」を意識するようになってもらえたらうれしい限りです。
先生が出演した優生保護法を取り上げたNHKクローズアップ現代