誰ひとり取り残さず共に学べる環境を。
行田さん
ダイバーシティ推進室の業務は大きく2つあり、1つは性の多様性についての啓発活動、もう1つは障害学生の支援です。それぞれ、組織としてはダイバーシティ委員会、障害学生支援委員会があり、その事務局をダイバーシティ推進室が担っています(取材時点)。本学は2024年4月入学より、トランスジェンダー女性に出願資格を拡大しています。そこで、すべての女性が共に学べるよう、教職員や学生が理解を深めるための研修活動を定期的に実施したり、イベントを開催したりしています。障害学生の支援につきましては、2013年に公布された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)に基づき、学修に平等に参加できるよう「合理的配慮」の提供のサポートをしています。例えば、車椅子に座ったまま使える机を用意したり、聴覚障害のある学生に対しては、授業中の音声をその場で文字に起こしてくれる「ノートテイカー」に支援を依頼したりしています。
このように、直接サポートするのではなく、サポートする仕組みを整えるのがダイバーシティ推進室の仕事です。課題の優先順位をつけるのが苦手な発達障害の学生に対してであれば、支援員の方は「この課題から取り組んだらどう?」などと背中を押す程度です。あくまでも学ぶのは学生本人ですので、常に「スタートラインを揃えること」を意識しています。
吉原さん
他の大学では、トランスジェンダー女性の受け入れを表明していないところもあります。しかしながら、本学は比較的早くトランスジェンダー女性の迎え入れを決めました。私はここの卒業生でして、日本女子大学には昔から学生一人ひとりに寄り添い、共に学んでいく風土があるように感じています。困っている人がいれば手を差し伸べるのは当然で、SDGsで謳われている「誰一人取り残さない」をずっと実践してきている大学、という印象です。だからこそ今回の件も決定が早かったのだと思いますし、卒業生として誇らしいですね。私たちの日々の活動にも、本学が続けてきた「共に学んでいく」という当たり前のことが根本にあると感じています。

学びたい気持ちを支えることが使命。
行田さん
トランスジェンダー女性を本学に迎えるにあたりダイバーシティ委員会は「すべての女性が共に学ぶためのガイドライン」を作成しました。ここにはトランスジェンダー女性が出願するための条件や、本学のサポート体制などが明記してあります。出願に際しては、手続きもなくできる大学もありますが、本学では必要書類を提出いただき、確認してから出願、という流れを採用しています。ここで大切なのは、情報は対応が必要な範囲でのみ共有しているということです。知っている人が多いと本人としては不安に感じるかもしれませんし、かと言ってほぼ誰も知らない場合は、入学後の細やかなサポートが難しくなります。学生は当然本学で学びたい気持ちがあって出願されたのでしょうから、勉学とは関係のないところでその気持ちを折ることのないような体制を築くことが、私たちの使命だと考えています。
吉原さん
2024年11~12月にかけて、多様性の啓発活動の一環として「ダイバーシティーウィークス」と称したイベントを開催しました。講演会やパネル展、車椅子体験の他、性の多様性に関する映画『カランコエの花』の上映会も実施。いずれも参加者に多様性を考えるきっかけにしてもらうことが目的です。これまでトランスジェンダーを始めとする性的少数の方のことを意識せずに生きてきたという人も少なくないでしょう。性的少数の方は本学にも潜在的には何人もおられるはずです。

ダイバーシティ委員会主催 講演会「性の多様性と女子大学」の様子
他愛もない雑談や不意に鳴った着信音も、丁寧に文字起こし。
行田さん
本学において、聴覚障害の学生をサポートするノートテイカーは、有志の学生による活動です。学生に対して、文字の起こし方やよりよい伝え方などを教える「ノートテイカー養成講座」を、社会連携教育センターと連携して開催するのが私たちの業務の1つです。ノートテイカーは先生の話だけでなく、突如として聞こえてきた音も文字にして伝えることが求められます。例えば、授業中に突然誰かのスマホから変な音がして、学生たちが一斉に笑ったとします。耳が聞こえない方にとっては何が起きたかわからず、自分だけが笑えないことで不安や疎外感を受けてしまいます。たとえ些細なことであっても、学生の学ぶ環境に個人で差が出てしまわないよう、常に心がけています。
ノートテイカーは原則、聴覚障害の学生と同じ授業に参加し、教室内でサポートします。ネット環境さえあれば文字を提供できるアプリケーションを使用しているので、教室の中の離れた場所でもいいですし、自宅やカフェなどからでもサポート可能です。
あるとき、聴覚障害の学生とノートテイカーの交流が少ないという実態を耳にしました。ノートテイカーは、サポートが終わるとすぐに次の授業に向かってしまい、世間話すらする時間もありません。サポートされる学生と、サポートする学生でよりよい関係性を築いてほしいと思い、ダイバーシティ推進室から交流会実施の提案をしました。少しでも会話ができるきっかけになればとの思いで何気なく伝えた提案でしたが、予想以上に学生たちが前向きに反応し、みるみるうちに学生主導で企画が進んでいったのです。なかでも驚いたのは、聴覚障害の学生から企画が持ち上がったことでした。「いつもサポートしてもらっているから、何かお返しがしたい」とのことで、それがなんと交流会で手話講座を実施するというところまで発展しました。少しのきっかけさえあれば誰でも主体的に物事を動かすことができるということに、私たちが改めて気付かされた出来事でした。
「知らないうちに卒業していた」も、私たちの理想の1つ。
行田さん
ノートテイカーの交流会の件もそうですが、学生が主体的に取り組む姿を見られることは、私たちの大きな喜びの1つです。性の多様性についての啓発動画を、学内向けに配信したときのこと。それを見たある学生から「自分たちで性の多様性を考える団体をつくりたい」との申し出があり、後に「レインボープロジェクト・シンフォニー」という学生団体が立ち上がりました。私たちの任務と親和性が高い活動内容ですので、その点でも嬉しく感じますし、今でも何かあれば協力し合う関係性です。ただこの領域はそれこそ多様な考えが存在するため、過激な考え方をする団体などからバッシングを受けやすいとも言えます。学生だけでは不安なこともあると思いますので、ダイバーシティ推進室として今後も適切にバックアップしていければと考えています。
吉原さん
学生の活躍はもちろん嬉しいことですが、いつの間にか無事に卒業していた、が一番喜ばしいことなのかもしれないと思っています。サポートを受けている大多数の学生は、私たちが顔も名前も知ることなく卒業していきます。サポートの有る無しに関わらず、無事に卒業していくこと、それは、平等・公平に学べていることの証でもあるような気がするんですよね。私たちはそこをめざして仕事をしているとも言えます。

学生団体「レインボープロジェクト・シンフォニー」主催 上映会
「生きづらい」を「生きる喜び」へ。
高山さん
私は新卒で採用された現在社会人2年目で、ダイバーシティ推進室に配属されたのも偶然でした。正直、学生時代に性の多様性や障害に関することを意識したことはあまりなかったのですが、仕事をしながら学んでいくうちに、さまざまな人に生きづらさがあることを知り、それについて何も考えてこなかった自分を恥ずかしく思いました。私のように社会に出てから性の多様性や障害に関することを学べる人は少ないと思います。だからこそ学生には、社会に出る前にこれらのことを少しでも知っておいてほしいです。自分の意思を持ち、他者の意見にも寄り添うことができる本学の学生なら、学生時代の学びを生かし、社会に出たときに平等な社会の実現に向けて大きく貢献できるのではないでしょうか。
行田さん
学生にぜひ考えてほしいのは「普通」についてです。自分の普通は、他人の普通ではないかもしれません。本学は女子大学ですが「彼女」と呼ばれるとモヤモヤするという学生が、実際に複数人いるとの報告を受けています。見た目が女性であっても、女性を自認していない人や、女性として見られること自体が不本意である人が存在しているということです。私たちダイバーシティ推進室は、まさにそのような人たちが存在しているということを発信し続けるためにある部署とも言えるでしょう。私自身も他人のことを「普通」に見た目で判断してしまいがちですので、自戒の意味も込めてお伝えします。知らないがために誰かを傷つけてしまうかもしれないのです。なので、まずは少しずつでもいろいろな人の「普通」を知ることから始めてほしいです。
吉原さん
高山さんからもあったように、この仕事をしていて「生きづらさ」という言葉をよく聞くようになりました。それをできる限り少なくしてあげるのが私たちの役割です。加えて、私は「学ぶ喜び」「生きる喜び」を伝えることができたらと考えています。本学は、卒業するためには卒業論文・卒業研究が必須です。私も卒業論文をゼミ生と共に連日図書館に夜遅くまでこもって書き上げた記憶があります。今ではその経験が自分の“背骨”となったこと、まさに学ぶ喜びが生きる喜びにつながっていることを実感しています。だからこそ、学びの機会を奪われる学生がいないような環境が必要だと思っています。
行田さん
私たちは、学生が自分の“取り扱い説明書”を持って卒業していってほしいと、日々3人で話しています。例えば障害のある学生であれば「ここは苦手だけれど、このサポートがあればパフォーマンスを発揮できる」のように、どうすれば自分が社会でより活躍できるかを、自分で説明できるようになってほしいのです。学生はずっとサービスを受ける側でしたが、社会に出るとサービスを提供する側になります。これは、これまでずっとサポートされてきた学生にとっては、大変なことだと思います。私たちとしては、社会に出るまではスタートラインを揃える手伝いができますが、そこからは大学で学んだことを生かし、自らの意志で元気に駆け出していってほしいです。