ダンスを続けたくて、博士課程まで進んでしまった。
ダンスに関するさまざまな研究をしています。児童学科ですから、ダンスが子どもの発達へどう影響するのかも、追求しているテーマの1つです。私は根っからのダンス好きです。
小学校1年生のときに、姉の影響もあってクラシックバレエを始め、大学受験のタイミングまで続けました。その後も続けたい気持ちは強かったのですが、その道のプロとして食べていくのは難しいと感じ、それならと、ダンスを研究できる大学へ行こうと考えたのです。ダンスの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい気持ちもあり、決意しました。というか、ただダンスが続けたかっただけなのですが(笑)。そうして入学した大学は、創作ダンスの全国大会で毎年好成績を残す、いわばダンスの強豪。高校生の頃、その大会をテレビで見て「私もここで踊りたい!」と思ったことも、入学の大きな決め手の1つでした。ちなみに大学時代、その大会で文部大臣賞の受賞、つまり全国1位を経験することもできました。
ご想像の通り、私の大学での4年間はダンス漬けです。先生や先輩の創作ダンスに出演するなどして、何らかの形でダンスばかりしていました。4年生の研究室選びで心理や発達を研究している先生のところに入ることになり、そこで初めて、ダンスが子どもの発達にどう影響するのかを調べたら面白いかもしれないと感じたのです。ただ、子どものことに関しては本当に素人でしたので、イチから学び直したいと考えるようになり、卒業後は幼児教育を専門とする大学院に進みました。今では児童学科の教員なのですが、ここで初めて児童に興味が生まれたんです(笑)。ある程度子どものことが学べると今度は、やはりもう一度ダンスを追求したい気持ちが強くなってきまして。博士課程では、スポーツ心理学の先生のもとで改めてダンスに関する学びを深めました。本当、右往左往の学生時代でしたね。それでも結果として、自分の中に「ダンス」と「子ども」という2つのしっかりとした軸ができました。それが両方とも生かせる現在の日本女子大学児童学科での研究は、私にとっての天職と言えます。

ダンスのトレーニングが、運動嫌いを克服させた!
本学に着任した20年近く前。当時は身体運動の授業運営に携わるいち助手でした。本学では、身体運動は全学部の1年生の必修科目です。そのため、体育の授業への苦手意識がある学生は、時折私のもとへ来て「やりたくない!」と泣きついてくることもありました。実際、当時行われていたのは、球技などがメインでした。人によって上手い下手がはっきりする種目が多かったんですね。ダンスのときもあったのですが、当然それも人それぞれで差が出てしまいます。私の大好きなダンスのせいで体を動かすのが嫌になる学生がいると思うと、悲しくなります。上手い人は楽しいけれど、下手な人は楽しめない……そんな授業のあり方に課題を感じるようになりました。
そこで思いついたのが、ピラティスでした。私はこれまで、ダンスのトレーニングの一環で当たり前のように取り組んでいました。これなら他人の目を気にすることなく、個人個人が自分に向き合って運動できるのではと考えたのです。数年後、授業を担当できる立場(助教)になりピラティスを授業に取り入れると、これまでスポーツをほとんどしてこなかった学生でも、周りとの比較ではなく自己の成長を感じられる運動として取り組めました。それどころか、きちんとできたことで自己肯定感が高まったり、運動が好きになったりと、副次的な効果ももたらしたのです。以来ピラティスは、すべての学生が自分のペースで体を動かせる種目として、身体運動の授業の大切な役割を担うことになりました。
隔地で暮らす方や障がい者まで、誰1人取り残さない運動。
身体運動をあらゆる人々にとってもっと身近なものにすることも、私の大きな研究テーマの1つです。あるとき大学で、地域の方が集まる室内イベントを行うことになり、担当の先生から「室内でできる運動をイベントに取り入れたい」との要望があったのです。そこでも活躍したのがピラティスでした。ピラティスは、体幹の強化や姿勢改善などを目的に、さまざまな動作をその場でゆったりと行う、1人でできるエクササイズです。どんな人でも、どんな場所でも、座っていても、気軽に手軽に取り組める。そんなピラティスのよさは、このときをきっかけに多くの人に伝わり、地方自治体のイベントでも人気のコンテンツとなっていきました。そんな折に、ある場所でピラティスのイベントを開催したときのこと。80代くらいのご婦人が、帰り際に旦那様と「今日もとっても気持ちよく運動ができた」と話していたんです。この活動をしていて本当によかったと思えた瞬間でした。
東日本大震災の直後には、被災者の運動支援のために現地に出向きました。現地では、震災後に体が動かなくなったという人が散見されました。普段は農作業に従事していてそれ自体が運動となっていたため、仕事ができなくなったことで体がなまってしまったようなのです。また避難生活を続ける子どもたちは、遊ぶ場所がないため体力づくりができず、体が動かせないことでストレスも溜まっていました。ピラティスは、そんな被災地の方々の悩みにも応えることができました。場所を選ばないため、避難所や仮設住宅でも、少しのスペースを活用して取り組んでもらったのです。特に子どもたちに向けては、遊びの要素を取り入れるなどしてピラティスをアレンジ。楽しみながら取り組むことによる精神面への貢献も意識しました。そもそもピラティスは、日常生活にはない動きがよく出てくるため、子どもの体の発達にはとてもよい影響があります。「こんな動きがあるんだ、面白い!」と感じる子は多いので、被災地の子だけではなく、特に幼児期のすべての子どもたちにおすすめしたいですね。
ピラティスの可能性は、まだまだ無限大です。例えば、体は動かしたいけどスポーツジムに通うのは面倒、という人のハードルを下げてくれます。街から離れて暮らすお年寄りや、何らかの理由で歩けない状態の人であっても、自宅で簡単に取り組めます。最近の夏は暑すぎて、晴れていても子どもを公園に連れて行けない、なんて親御さんもいたのではないでしょうか。ピラティスなら、室内で体を使って子どもと一緒に楽しんでもらうことが可能です。ピラティスは、SDGsが示すところの「誰1人取り残さない」という言葉がぴったりの健康増進ツールなのではないかと考えています。




ピラティスを広める活動の様子
どんな道を進んでもいい。自分の興味さえ見失わなければ。
学生と一緒に、幼稚園や小学校の学童クラブへピラティスの出前授業をしに行くこともあります。ピラティスは、取り組む子どもたちだけでなく、教える学生側にもメリットがあります。どうアレンジすれば子どもに楽しんでもらえるのか、いろいろなことを考えて試すこともできるので、学生の学びのツールとしても非常に優秀です。何より、子どもと一緒に楽しみながらできることですので、学生に前向きになってもらいやすいところもあります。
被服学科の話ですが、授業でピラティスに出会って以来熱中し、卒業後にピラティスのインストラクターになった学生がいます。さらに、何年か後に運動系の大学院に入り学び直すことにしたと聞きました。ピラティスをきっかけに、身体運動についての興味が強くなっていったのでしょう。もちろんこれは、素晴らしいことだと思います。すべて学んでから社会に出ることだけが正解ではないですし、何かの途中でやりたいことが変わっても何も悪くありません。大事なのは、自分の興味を大切にしながら行動すること。私もダンスという興味だけは失うことなく続けてきたので、すべてが今につながっていると実感できますから。
今後さまざまな体の変化がある女子大生こそ、自分自身に向き合う学びを。
世の中には、運動が辛いものだと思っている人もいますよね。たしかにその側面もあります。ただ、人にとって体を動かすことは、本来楽しかったり気持ちがよかったりするものです。それに気づくには、まずは運動に対する先入観を取り払うことが大切です。そもそも、運動とは何でしょうか。テニスやサッカーなどの球技、もしくは走る速さを競うものばかりをイメージしていませんか?そして少しでも他人から劣ると「私は運動が苦手だ」と、思い込んでしまっていませんか?もちろんそれらも運動の一種ではありますが、運動のすべてではありません。自分のペースで心地よく歩いたり、体操したりすることも、すべて運動なのです。その意味で、果たしてこの世の中に「運動が苦手な人」など、存在するのでしょうか。私は自身の研究を通じて、世界から運動が苦手だと思う人をゼロにしたいという目標を持っています。そのときにピラティスが役立つということは、すでにお伝えしてきた通りです。
私が女子大で研究していることも大きな意味があると思っています。女性は生涯を通して出産や更年期など、さまざまな体の変化が起こります。自分自身の体に向き合う方法の1つとしてピラティスを知っておくことは、長年にわたる健康維持のために役立つはずです。本学科で学ぶ方であれば子どもたちに教える機会が多いので、健康を提供できる側の人としてぜひ活躍してほしいです。そしてできれば、運動に興味がある人はもちろん“運動が嫌い”と思っている人にこそ、ぜひ本科に学びに来ていただきたいですね。多くの人の思い込みに、共感してあげられると思いますので。