日本古典文学を知れば、一生楽しく自分たちのまちで生きられる。

日本古典文学は、豊かな地域社会を満喫するためのツール。

私の専門領域は、江戸時代の文芸や芸能全般です。学生たちは古典テキストや映像資料などを中心に学び、時には歌舞伎や浄瑠璃、展示会などを一緒に見に行きます。その活動は大学内、もしくは個人の知識アップにとどまるものではありません。たとえば、本学では学生が自発的に活動するサークルがあり、そのうち「短歌会」と「漫研」の顧問をしています。短歌会はその存在が珍しかったからか、発足当初からいくつかのメディアで取り上げられ、全国との連繋も進んでいます。

一方、私個人としては、愛媛県松山市にある江戸時代から続く俳人の庵「庚申庵」の保存・活用を、NPO法人の理事としてサポートしています。文学講座、煎茶教室、俳諧教室などの開催を通して友達ができたり、新たにお茶の趣味を発見したり、江戸時代の風習や文化に興味をもって調べたり、勉強会に参加したり、生活の豊かさの幅が広がる方が多くいます。これは、都市と地域や貧富の差によって生じる「まち」の住みやすさの問題における、ひとつの回答としての実践です。その中心となっているものが、日本古典文学です。学内では学生の短歌作成の活動を持続的な住みやすさにつなげるなど、長寿社会における学びと楽しみの有効なアイテムとして日本古典文学を捉えています。これがあれば、まとまった費用や、都会や海外へ行く必要はなく、自分の住むまちや人々の中で共通の発見や励まし合いをしながら生活できるのです。豊かな地域社会を満喫できるツールとして日本古典文学はとても有効だと考えています。

ハーバード大学の大学院生に「学ばせてほしい」と頼まれた。

浮世絵などの江戸絵画の資料は、日本人が関心を失ったことにより、実は海外に数多く存在し、愛好家も多いのです。ところが海外ではその作品に書かれる「くずし字」が読めないために苦労している現状があります。その悩みをもつ海外の各機関とオンラインでつながる機会があり、「本学で普通に学べば、くずし字は2~3年で誰でも読めるようになる」と発言しました。すると後日、フランス国立ギメ東洋美術館から「その授業を見学したい」とのオファーがあり、彼らをまじえたワークショップが実現しました。

さらに後日、ハーバード大学の大学院生から連絡があり、今度は「くずし字」の勉強に学生のサポートがほしいとのオファーがありました。私は学生への顔つなぎをして、あとは彼女たちに任せました。自分たちがくずし字を教えるのと同じ時間を、ハーバード大学院生から英語を学ぶ、というwin-winの関係でうまく進んでいるようです。学生たちはこの体験を経て大きく成長しました。

日本の学生からすれば「くずし字を読む」という少々マニアックな技術が、実は海外で強く求められているとは夢にも思っていなかったようです。この一件は、日本古典文学が持つグローバル性と社会的貢献についてのメッセージを与えてくれます。一見、個人的な知識や技能の鍛錬に思われる日本古典文学解読テクニックが、地球上の誰かの役に立つ、しかもネットでつながれば、地域や国を越えて協力、貢献することができることを、学生たちがこの実践で示してくれたのです。

文化を知り、地域を魅力的にするために、古文を読む。

昨今、高校教育における「古文」の必要性が問われています。私も参画した「古典は本当に必要なのか、否定論者と議論して本気で考えてみた。」の一連のイベントも小さくない話題を呼びました。さまざまな意見はあるでしょうが、私はSDGsの「住み続けられるまちづくりを」の観点からも、やはり古典、特に古文を読み解く技術は必要だと考えています。

先ほどお話しした「庚申庵」は、愛媛県松山市という「俳句のまち」だからこその文化的象徴のひとつであり、まちの存続に大きな役割を果たしています。そしてこの世界には、地域ごとに根ざしたさまざまな文化が無数に存在しています。ただ「庚申庵」のように地域の文化の魅力をきちんと伝えられている例は、まだまだ少ないといった印象です。では、どうすればいいのか。答えのひとつが「古文」にあると思っています。地域の文化とは、いわば地域の歴史そのものです。当然、そうした文献は「古文」で記されているものも多いため、地域の文化をきちんと理解し、それを楽しみ、自分たちの「まち」として豊かな魅力を発信していくためにも、古文の読み解きは欠かせないと言えるでしょう。また、文献は多くの場合誰もが無料で利用できる地域の図書館に所蔵されています。つまりは、古文が読める人であれば誰だって、地域の文化の魅力を伝えていく存在として「住み続けられるまちづくり」に貢献できることを示していると思うのです。

俳句のまち愛媛県松山市で発行されている庚申庵新聞

NPO法人GCM庚申庵倶楽部のスタッフジャンパーを着て著作を持つ福田先生

誰かを幸せにできる学びが、ここにある。

本学科で学ぶ学生たちには、学んだことを最大限活用してそれぞれがこれから住む地域の活性化に貢献してほしいと伝えたいです。都会でお金を使って遊ぶことだけが楽しいのではありません。「まち」の魅力は多様です。その多様さを発見、発信できるヒントは、その「まち」にある歴史や文学にあります。スタートはもちろん「ただ古文が好きだから学びたかった」で大丈夫です。いずれ伝えていく立場に立ったとき「私の知識や経験は誰かを幸せにすることができる」ことを思い出してください。好きなことを学び、それを地域に還元させることはつまり、自分も幸せになりながら他人も幸せになるというSDGsの考え方と同じです。

そして海外への道が開かれていることもお伝えしたいです。先のハーバードの大学院生の話しかり、すでに明確な需要が存在します。中途半端に英語を学ぶよりも、日本の文化や古い文献に詳しいほうがよっぽど海外で評価されると思います。文化を学ぶことは、近隣地域でもグローバルでも活躍できる将来に通じることをお約束します。

主なSDGsへの取り組み

  • 11.住み続けられるまちづくりを

    日本古典文学、特に江戸時代の文学を通して、「庚申庵」の保存・活用を例として、学生たちにも住み続けられる「まちづくり」について教えている

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