臨床心理の専門家にも、経済的な働きがいを。

実体験で学んだことを、教えるようにしています。

専門は臨床心理学です。以前は臨床心理士として病院で働いていたので、医療機関での心理療法、心理アセスメント(その人を理解するため面談や心理検査などをすること)の経験に基づいた研究をおこなっています。僕がこの道を選んだ理由は、僕自身が子どもの頃からどこか周りになじめない感じを抱いていたことが関係していると思います。思春期に入った頃、世間では河合隼雄(かわいはやお)という臨床心理学者がマスメディアで話題になっていました。河合先生の本を読み、人の心の深層、無意識という考え方に興味を持ちました。そして高校生になり将来を考え始める頃、臨床心理士という資格があり、それが大学院で養成されることを知りました。臨床心理士になれば、自分の生きづらさについて考えることができ、しかも同じように悩む人の力になれるかもしれない。「こんな生き方があったのか!」と、社会における自分の居場所を見つけられたような感覚でした。
大学の教員になったのは、病院で15年ほど勤めた後のことです。もともと臨床実践に興味があり、自分が教育者になるというアイデアは持っていませんでした。しかし、あるとき大学院時代の先輩から、大学院での非常勤の仕事を紹介されたのです。引き受けてみると、非常にやりがいを感じました。ポイントは、自分の経験に基づく実践的な指導ができたことだと思います。僕が大学や大学院で学んでいた頃は、多くの専門的な知識をうまく体系立てて理解することができていなかったように思います。また、技術的な面でも、手取り足取り教わる、というよりは、試行錯誤をしながら学ぶというスタイルでした。この経験から「大学や大学院でリアルな臨床現場を想定しながら教育することができれば、これから世に出る臨床心理士の力になれるのではないか」と考え、今は実践的な部分をより重視して学生に指導しています。例えば、カウンセリングする相手にどのように説明するか、面接室ではどう座るかなども具体的に示しながら「このように言葉をかけたら相手はどう思うか」「このような位置関係だったら相手はどう感じるか」などについてイメージを持ってもらいます。若手の臨床心理士を養成する上で、自分の臨床経験が少しでも役に立つようにと意識しています。

学習の場で大切なこと。自分が受け入れられていると思えること。

今でも現場に携わる機会は大切にしています。その一環として、東京都北区の学習支援施設のサポートに取り組んでいます。そこは経済的に貧しい子、障がいがある子、あるいは学習機会が限られる海外をルーツとする子などが学びにくる場所です。元教員などの方々が、ボランティアで教えているのですが、それぞれに事情を抱えた子への指導は難しいことも多く、適切な教え方がわからないと悩まれていました。そこで、微力ながら先生たちのサポートに携わることになったのです。話を聞いたり、実際に現場を見たりして、臨床心理学的に「この子はそもそもどうして勉強に取り組めないのだろうか」「どんなことで困っているのだろうか」といった、その子の背景について想像することの重要性を伝えています。
子どもが学習内容に興味を示してくれないときは情緒面に注目することも重要です。皆さんも不安や悩みごとがあって心がモヤモヤしたままだと、意欲的に学ぼうという気にはなりませんよね?その場合はまずその子の心に寄り添い、共感を示したり励ましたりするなど、一度学習内容から離れたところでのサポートをすることが効果的な場合があります。学習の支援を行っている先生方は、「どうやって勉強をさせたらよいか」ということにどうしても注目しがちです。施設のスタッフとは異なる立場からのサポートによって、先生たちも普段とは違った角度からアプローチしやすくなると思います。思えば、教育においてやる気を持って学んでもらうことはとても重要です。この活動を通じて、自分自身も教育者として人に教える前にすべきこと、できることはたくさんあると痛感しています。

北区の学習支援施設のスタッフを対象とした研修会の様子

北区の学習支援施設のスタッフを対象とした研修会の様子

子どもの心理ケアに興味がある児童からインタビューを受ける様子

子どもの心理ケアに興味がある児童からインタビューを受ける様子

性別に関わらず、専門職が社会的に評価されるために。

臨床心理士は常勤での募集が少ないため、収入が安定しないと言われています。正直、お金をたくさん稼ごうと思ったら躊躇してしまう職業です。僕は授業などで、臨床心理士の将来的な収入や働き方なども学生に教えています。例えば、経済的な安定を考えれば公務員の心理職という選択肢があることや、非常勤を掛け持ちして働くとどれくらいの収入が得られるなど。お金の話の他にも、非常勤が多い臨床心理士は管理職につく機会が限られているという問題もあります。こうした待遇の問題は性別に関わりなくありますし、専門職だからこそ性別で差別的な扱いを受けることは少ないとも言えるでしょう。しかし、臨床心理士は女性が多い職業です。そういった意味で、女子大学で教育する上で、専門職の養成に携わることの意義は大きいと感じています。
心理職が経済的に安定しないという背景には、社会的に認められていないという問題があると思います。心理職の重要性が知られるようになった昨今でも、すべての医療機関が心理職を雇用しているわけではありませんし、雇っていても常勤職は一人だけとか、非常勤が日替わりで一人ずつ勤務している、という形態が多いようです。医療機関でのカウンセリングや心理検査業務が医療保険の対象として十分評価されていないことがその理由の一つだと考えられます。教育や福祉の分野でも、心理職が施設の人員として必要であると認められれば、活躍する機会が増えていくと思います。更に、現在は自費(保険適用外)でカウンセリングなどの専門的サービスを提供する機関も増えています。精神疾患や発達障害など、生きづらさを感じて専門機関を訪れる人は年々増えています。そうした人たちが、心理職のサポートを受けながら社会の中に居場所を持ち続けられることは、経済成長にとっても不可欠です。そして、社会のさまざまな領域で心理職が認められることは、社会全体の福祉につながることです。

この研究室は、卒業生にとっての相談室。

本校には、大学が運営している心理相談室があります。ここは地域の人々にカウンセリングを行うだけでなく、大学院生の学びの場としても活用されています。実習の一環として、大学教員を含めた経験ある臨床心理士からの適切な指導を受けながら、カウンセリングを提供することが心理相談室の役割です。大学院修了生からも「ここでの経験が役立った」との声がたくさん聞かれます。
僕の研究室には、在校生はもちろん、卒業生もよく訪ねてきます。臨床心理士をしていると、同じ専門性を持った人がまわりにいる現場は多くありません。そのため、専門的な助言が得られないなかで苦労する卒業生もいます。先日も「心理検査の練習をする機会が欲しい」と、ある卒業生から連絡がありました。ここに来れば僕がアドバイスできることはもちろん、在校生や他の卒業生たちと意見を交わすこともできるので、卒業生と在校生、双方のメリットになります。僕としても、自分の専門領域で頼ってもらえるのは嬉しいので、卒業生についてもできる限り支援を続けていきたいと思っています。

堀江先生が自身の研究室で相談を受ける様子

堀江先生が自身の研究室で相談を受ける様子

心理学は、より生きやすい人生を求めるすべての人に。

臨床心理士の資格を取るには、大学院を修了する必要があります。僕も当然それを承知で大学に入ったのですが、なんとその大学の大学院を修了しても取れないことが、入学してから判明したのです。完全にうっかりミスです。別の大学院に行き、無事に資格を取ることはできましたが、今の学生にはお勧めできません。現在は公認心理師という国家資格もできています。何を学べばどの資格が取れるかなど、昔よりも事前に、正確に情報を得る必要があるように感じます。僕が言うのも変な話ですが、今は何でも早めに知っておくことが大切です。より実践的に学びたいと思ったのなら、ぜひ本科を選択肢に入れてください。
心理学を学びたいと思う人は、僕もそうでしたが、少なからず何らかの生きづらさを感じたことがある人ではないでしょうか。その生きづらさは、心理学で心のメカニズムを学ぶことで理解できる部分もあります。つまり、心理学を学ぶことは、自分が生きやすくなることに通じています。資格を取って専門的な職に就くかどうかは関係ありません。より生きやすい人生にしたいと願う人であれば、まずは誰でも歓迎です。もし「苦しむ人を救いたい」という動機があるのであれば、そこにぜひあなた自身のことも含んであげてください。

主なSDGsへの取り組み

  • 3. すべての人に健康と福祉を

    精神的に救われる人を増やすために、実践力の高い臨床心理士を育てている。

  • 4. 質の高い教育をみんなに

    学習支援室の先生へのサポートを通じて、そこに通うさまざまな事情で学ぶ機会が少ない子どもたちの学習を、間接的に支援している。また、要望があれば卒業生を研究室に招き、卒業後にも学ぶ機会を提供している。

  • 5. ジェンダー平等を実現しよう

    女性が多い臨床心理の分野で、男女問わず専門家が社会的に評価されることを大切にしている。

  • 8. 働きがいも経済成長も

    生きづらさを感じて相談機関を訪れる人たちに対し、臨床心理学に基づく支援が可能な専門家の養成を行っている。支援される人だけでなく、専門的な支援を行う人も社会の中に居場所を持ち続けられることは、経済成長につながる。

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