窒素の動きを知ることは、自然生態系を知ること。

温暖化の影響は、冬季に強く出る。

専門は、森林における窒素の研究です。植物による窒素の利用様式や生態系の中での窒素の挙動を調べています。この領域を研究するに至ったきっかけは、酸性雨でした。近年では、環境問題として温暖化の影響を耳にする機会が多いですが、以前は「人間活動の影響で、強い酸性の雨が降り危険だ」と、テレビなどでよく言われていたのです。そこで環境を学べる大学へ行き、酸性雨の原因の1つとされる窒素酸化物の森林生態系への影響や森林における窒素の動きを研究している先生の研究室に入り、その研究をずっと続けていたら……今に至ります(笑)。窒素は多くの陸上生態系において植物の成長に最も必要な土壌養分であり、植物の光合成による二酸化炭素の吸収にも強く影響するため、温暖化についての研究とも関連があります。
研究は、屋内と屋外が半々くらいで、屋外活動は森林が中心です。森林というと熱帯雨林などの暑い地域を思い浮かべるかもしれませんが、実は寒い地域にもたくさんの森林があります。私は北海道や東北地方での研究も行っていて、雪がたくさん降るエリアのフィールドワークにも取り組んでいます。寒い地域の生態系は温暖化にとても敏感で、日本が存在する中緯度や高緯度では温暖化が自然生態系に重大な影響を及ぼすことが予想されています。また、中緯度や高緯度は厳しい冬に特徴づけられますが、温暖化の影響はこの冬季に強く出るという予測もあるんです。皆さんは、温暖化によって積雪が少なくなれば、森林にとってもプラスになると考えていませんか?実は、必ずしもそうではありません。例えば外気温が-30℃でも、厚く積もった雪の下は0℃くらい。雪が毛布のような役割をするため、土壌付近は雪があった方が暖かいんですね。雪がなくなると土壌付近は冷え、その寒さで森林の植物はダメージを受けてしまうこともあるんです。さらに、雪がないことによって動物に見つかりやすくなり、食べられてしまうなどの影響があります。温暖化の影響が緯度の高い地域の森林生態系に及ぼす影響を理解するために、温暖化により雪が少なくなると土壌や植物にどんな影響が出るのかを研究しています。積雪が2 mを超える森林において、人為的に積雪を減らす融雪実験を行い、積雪の減少が土壌中の窒素の挙動や植物に及ぼす影響を調べています。

融雪実験の様子(写真 小林真 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター)

融雪実験の様子
(写真 小林真 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター)

冬の土壌凍結も、植物にとって大切。

中高緯度地域の森林温暖化の影響は雪だけではありません。日本の太平洋側の地域などの雪の少ない地域では、冬は頻繁に土壌が凍ります。先ほどの積雪が多い地域とは異なり、土壌凍結に適した生物が多く生息していて、土壌凍結が失われることで大きな影響を受ける可能性が示されています。例えば、窒素に関しては、凍結が起こることで植物にとって利用しやすい形態の窒素が多く土壌中で生成される効果があります。このため、温暖化によって土壌凍結が失われると窒素利用が大きく変化する可能性があるため、心配されています。土壌凍結が頻繁に起こる地域における温暖化の影響を調べるため、森の一部の土壌中に電熱線を埋めることで擬似的に温暖化した状況をつくる実験が行われています。私はそのような実験区において、土壌中の窒素を観測しました。その結果、土壌凍結が失われると、植物が吸収できる形態の窒素が減少していました。この温暖化実験区では、植物の葉の窒素濃度が低下することが報告されました。植物の葉の窒素濃度は光合成速度を決定づける重要な要因であるため、葉の窒素濃度が低下すると二酸化炭素の吸収量が下がる可能性があります。

シカの増加が自然生態系に及ぼす影響

温暖化の影響は植物だけではなく、動物にも起こります。たとえば、温暖化はシカが増加した原因の一つと考えられています(温暖化だけが原因ではなく、天敵の減少など、さまざまな要因が考えられています)。シカは大型の草食動物で、多量の植物を食べてしまうため、密度が高くなると植生に大きなダメージを及ぼします。シカ柵を用いてシカがいる区といない区を作って比較した実験では、シカがいる区では多くの植物が食べられてしまい、シカが苦手な一部の植物のみが生えている様子が全国で観察されています。私はシカ柵の実験が行われている森林において、土壌中の窒素の動態がシカの影響(植生が変化したり、踏み荒らされたり、多量のフンが供給されたりする影響)を調べています。

森におけるシカの影響をシカ柵を設置して実験している様子

森におけるシカの影響をシカ柵を設置して実験している様子

遠くの森林伐採にも関心を持とう

二酸化炭素濃度の上昇は、化石燃料の消費によって排出される量だけではなく、森林伐採などの生態系の破壊によって放出される量も原因です。熱帯地域は、多様な生物の生息場所であるにもかかわらず、森林伐採がとても速いスピードで起きている地域です。伐採地は農地などに利用された後は放棄されることが多く、その場所に自然に再生した森林は二次林と呼ばれます。熱帯地域は年間を通して気温が高く、植物の成長が速いため、植物や土壌中の有機物の量は森林としては比較的速い数十年程度で復活することが報告されています。私が測定を行ったタイの複数の森林でも、土壌中の炭素や窒素などの物質の濃度は、土地が放棄されてから数十年以内の二次林でも、手つかずの森である原生林と同じ程度まで回復していました。しかし、量は戻っても、植物の多様性や生態系が持つ様々な機能は簡単には戻りません。原生林と比べて、二次林がどの程度の生態系の機能を持つのかという研究が進んでいますが、土壌中の物質量に対して窒素の無機化速度などの回復は遅く、完全には回復しない可能性もあります。熱帯林の伐採と二次林の再生は、日本に生きる私たちとしても、他人事ではありません。熱帯林を伐採して作られる農地の中には、輸出のための商業的な作物の栽培を行う農地も多くあるため、消費者である私たちがきちんと生産の背景を知ることは、世界の森林を守ることにもつながると意識しておくべきです。

身近な生態系の研究

本研究室では、できるだけ卒研生の興味に合わせたテーマ設定を行っています。これまでのゼミ学生の一人は、山奥やジャングルではなく、都市環境の中の植生管理に興味があったため、道路の法面の植生に着目した研究を行いました。道路の横にある斜面を法面(のりめん)と呼ぶのですが、そこで目にすることが多いクズという植物があります。葛餅や葛切りの材料になるなど日本人にはなじみの深い植物ですね。クズは旺盛な成長で知られ、道路の法面の緑化などのために用いられた結果、アメリカやヨーロッパでは侵略的な外来生物として問題になってしまいました。クズの根には大気中の窒素を固定する働きがある微生物が共生していることが知られ、環境中の窒素を増やしてしまう効果があるため心配されています。クズは日本の道路の法面にも広く分布しており、多くの地域で除草剤による管理がなされています。しかし、調査してみると、除草剤によってクズをなくした区とクズを除草しなかった対照区では、土壌中の硝酸という形態の窒素量が異なり、クズを除草した場所は硝酸が多くなってしまうことが分かりました。この結果から、一旦クズの侵入を許すと除草の際にも環境中の窒素を増やしてしまうことを明らかにしました。この知見は道路の管理手法を考えるために重要です。

高速道路脇(法面)のクズ

高速道路脇(法面)のクズ

たとえ都市でも、森林と関係なく暮らす人はいない。

私の研究室では窒素という物質に着目して、さまざまなスケールの研究を行っているのが特徴です。一番小さいと植物の器官レベル(葉や根の窒素利用など)から、個体レベル、個体群や群集レベル、一番大きいスケールでは生態系レベル(森林生態系の窒素循環など)まで多様なスケールで研究を行うことができます。
都市に暮らしていると、自然環境にふれることは少なくなります。ただ、特に日本はどこに住んでいても必ず森林の恩恵を受けていると言えるくらい、緑が豊かな国なのです。森林と無関係に暮らしている人は、この国にはいません。だからこそ、直接訪れることはなくても、森林を大切にするという意識はこれからもずっと忘れずにいてほしいと思っています。

主なSDGsへの取り組み

  • 11. 住み続けられるまちづくりを

    人が生態系から受ける生態系サービスという恩恵について説明し、自然生態系を健全に保つことで、安心して住み続けられるまちづくりに貢献している。

  • 13. 気候変動に具体的な対策を

    温暖化が森林生態系に及ぼすさまざまな影響を明らかにすることで、気候変動の影響予測に貢献している。

  • 15. 陸の豊かさも守ろう

    森林生態系における種の多様性が生態系の機能に及ぼす影響を調べている。

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