住居という入れ物だけではなく、そこに暮らす人の安全を考える。
住居を考えるうえでは、大きく2つの視点が必要になります。ひとつは建物の構造や部材などの、言うなればハードの部分ですね。もうひとつはそこで生活する人、つまりソフト側の視点です。私はこれまで建物への関心が高く、建物自体の耐震性、安全性について研究してきました。ただ近年は建物をどうすれば人々がより安全に利用し、生活できるのかを考えるようになっていき、見えない住民の絆であるコミュニティの大切さに気づき、現在は主に避難所生活を中心とした防災関連のことを研究しています。まさにハードからソフトへと興味が移っていったイメージですね。
避難所と言えば、学校の体育館のような場所に大勢の人が集まっているような場面が思い浮かびますよね。災害が起きてから土地を手配して、仮設住宅の建設期間だけで最短2週間かかりますから、かなりの日数を過ごす避難所は住民にとって「住居」と呼べるでしょう。しかし快適ではない住居でもあります。突然災害が起き、自宅を離れて必要な物品がなく、見知らぬ人といきなり共同生活が始まるので、避難者には相当なストレスが心身ともにかかります。ここでまず大切なのは、心の安定を得ること。そのためには避難所の安定した運営が不可欠です。ただし、自治体や役所に運営をまかせていればいいというわけでもないのです。住民は被災者なので「助けてください」と受け身になりがちです。避難所はあくまでも家や家族を失った住民の共同生活の場であり、誰もお客様ではないのですが、不満ばかりが増えてしまい、物事が改善する方向に進みにくくなってしまいます。これは実際に多くの避難所が経験していることです。だからこそ、住民同士が日頃からコミュニケーションをとり、災害時には住民自らが生活を協働して運営できるよう準備しておくことが重要なのです。みなさんは自分が住んでいる地域の給水場所や避難所の環境を把握していますか?ある首都直下型地震のシミュレーションでは、東京23区内だけでも200万人以上が避難所暮らしを強いられるとされています。避難所生活は決して他人事ではないのです。

避難所で知らない男性がいきなり布団に入ってきた!
避難所生活のヒアリングをしていると、いくつか衝撃的な話を聞くこともあります。例えば、若い女性の布団に知らない男性がいきなり入ってくるといったことも起きているそうです。夜、女性や子どもが1人でトイレに行くことができず、複数で行くなどして対策をとることもあるのだとか。パーティションがないと着替えも他人にのぞかれる、多くの人の目にさらされる場所に下着を干さないといけないということもありました。他にも高齢者や障がい者、乳幼児なども含め、避難所生活では、マイノリティの意見が軽視されてしまう傾向があります。
こうした問題の原因のひとつとして、防災に女性の視点が足りていないことがあげられます。現状の地域住民による防災運営は、その多くが男性主体です。先の下着の洗濯物が干しづらいという話もそうですが、例えば避難所での洗濯物は男性と女性で分ける、場所を考慮するなど、そうした部分まで配慮ができるのは、女性視点があるからこそだと思います。このことから配慮し、みんなを守る意見を述べることのできる女性を育てること、日本女子大学で防災を教える意義は極めて大きいと感じています。また本校は文京区から、妊産婦および乳児とその母親が利用できる避難所に指定されています。この運営方法を検討し、避難所の生活を事前に周知するため学生と一緒にパンフレットを作って地域の方々に配布するなど、まずは身近なところから活動しています。
発展途上国で役立ったものが、日本の避難所で役立っている。
学生にはエチオピアを題材にした授業も行っています。その中で「観光資源のある小さな村で、貧困な女性・住民・地域を活性化させるにはどんな事業・施設が必要か」という課題を出します。すごく貧しい国なので、特に家事労働に縛られている貧困女性に、観光客を巻き込んだ小さな事業を生み出すことで地域全体の生活水準を高めることが目的です。例えば、地元の物品を活かしたみやげもの屋、郷土料理をふるまうレストランを建設して料理人を養成していってはどうか、といった具合です。
この課題に取り組む際、学生にはより現地の人材や地域資源の状況に合う施設を考えてもらうため、人々のリアルな生活・生業まで知るよう促しています。エチオピアは水洗のトイレがなかったり頻繁に停電が起こったり、雨量が足りず水が不足する、高級ホテルであっても突然シャワーのお湯が出なくなるなんてことは日常茶飯事なのです。勘のいい方はお気づきかもしれませんが、こうした生活は、先ほどお話しした日本の避難所での暮らしと近いことがわかりますよね。そんな場所に必要な施設を考える……つまり言いたいのは、貧困な住民が多数を占める途上国の生活改善問題を考えることは、非常時における電気や水がない中での避難所生活の向上を考えることに通じているということです。アフリカの貧困な家庭にとって、水や電気・ガスのない、あるいは電気や水が不安定な暮らしの現状を知ることで日本の防災に役立つのはもちろん、逆に考えれば、日本の避難所を考えることは世界の貧困解消にちょっと役立つと考えています。
これには実例もあります。先日の熊本地震でも導入されたのですが、トイレットペーパーの芯のような紙製のかたい部材を使用した、軽くて運びやすく、安価で、安全なカーテン式の間仕切りが避難所で使用されました。プライバシーのない生活に苦しんでいた避難所住民は、間仕切りによって安心できるようになりました。一方でカーテンを閉じたままにすると幼児が危ない目にあうなどの危険性があることから、開け放つこともできるのがカーテン式の間仕切りのよいところです。これはもともと著名な日本の建築家がルワンダの難民キャンプのために考案し、実際に使われていた紙管によるテント式住居からきています。彼が、今度は紙管を使って布のカーテンを吊り下げるといった避難所間仕切りに応用したものなのです。持って行くことができ、日本の避難所の生活をよくすることでも役立つんですね。世界と日本を行ったり来たりする思考がとても大切だと思い知らされます。

チームでエチオピアの現状分析を行う様子
(図書館 ラーニンズコモンズさくらにて)

エチオピアの貧困女性の就労を活性化させる手法について検討する学生たちとゲストクリティーク
私たちは「誰ひとり取り残さない」DNAを持っている!
そもそも防災では、自助、共助が鉄則です。まずは自分を守る。それからまわりの人を守ります。自分が無事でないとまわりの人は守れませんからね。ただ近年は、比較的多くの人が知識をもち、備えることで、自助はできるようになってきたと感じています。だからこそこれからは共助が大切ですし、自分が助かることだけではなく、先ほどお話しした弱者に寄り添う、手を差し伸べる姿勢がひとりひとりに求められます。
本学で学ぶ学生には、まさに今後必要とされるような、ともに手を取り合って共助ができる、社会に貢献できる人材になってほしいと思います。そのためには自ら考え行動する力を身につけるのはもちろんのこと、加えて視野を広げたり共感力を高めたりして、周囲と手を取り、引っ張っていく部分も磨いていってほしいです。
日本は自然災害が多い国ですが、準備だけで立ち向かっていたわけではなく、災害後の多くの共助によって立ち上がってきた国でもあります。話題のSDGsは「誰ひとり取り残さないこと」を掲げていますが、日本はずっとそれを共助としてやってきました。そんなDNAを持つ私たちがより広い視野で防災を考えることで、世界規模の社会課題にも必ずや貢献できることでしょう。

SDGsについてポスター作成と発表を行う1年生たち
(ラーニンズコモンズかえでにて)