|特集1|新生 理学部2学科が始動しました
創立当初から重視してきた論理的思考力で、社会の課題を解決する人材教育

理学部が設置されて30周年を迎える今年、二つの学科が名称を変更して新たなスタートを切りました。

女性の社会進出が目覚ましい現代ですが、理系分野で活躍する女性の数は未だ少ないという課題を抱えています。そのような中、私立女子大学で最初に理学部を設置した本学が果たす役割は大きなものです。

本年、創立121年を迎えた創立記念式(4月20日)には、奥村幸子理学部長が『理学部の昨日・今日・明日』として講演を行いました。

家政学部でスタートした理学部の教育

1901年、日本女子大学校としてスタートした本学は、創立当初から理学部の構想を持っていました。自然科学教育に重きを置き、実物・実地教育を丹念に行うという教育理念は、創立者・成瀬仁蔵の著書にも明確に記されています。実物・実地とは資料を見たり講義を聴くだけでなく、実物をもって実験、観察、現地で実習するなどの学びです。

創立当初は家政学部、国文学部、英文学部の3学部でスタートした本学は、1947年制定の学校教育法を受けて1948年に「日本女子大学」となり、家政学部の中に「家政理学科一部」と「家政理学科二部」を設置しました。
一部では数学、物理学、化学を、二部では生物農芸の分野を扱いました。現在の理学部の前身とも言えるのが家政理学科です。

理学部設置

1992年、今からちょうど30年前に理学部が設置されました。目的は「理学諸分野間での総合化に対処して、複数の領域の総合的な教育を行う。これにより、基礎理学分野をはじめ、情報、物質、生命等の多様な科学分野について応用力と創造力を持つ視野の広い人材を育成することを目指すものである」とあります。

「理学部が設置された当時は、女性の科学技術分野への進出や貢献が求められた時代です。たとえば理学部設置の1年前には育児休業法が、1年後にはパートタイム労働法が制定されています。どちらも女性を社会で働きやすくするための法律です」(奥村学部長の講演より)

新設された理学部には、数物科学科と物質生物科学科が設置されました。数物科学科では数学と物理に加えて情報科学の分野も扱うようになります。当時はインターネットの普及により情報社会へと移行する黎明期であり、時代の要請でもありました。

一方の物質生物科学科は、生物と化学を扱う学科です。この学科の特徴は、あえて必修科目を設定しないこと。つまり、生物、化学のどちらを選択するのか自ら選んで学問を修めなさいということです。 

「学生が主体性をもって幅広い知識を習得する自由度の高さは、本学科の特色のひとつです。本学の教育理念『三網領』のひとつ『自発創生』を具現化しているのではないでしょうか」(奥村理学部長インタビューより)

2学科名称変更へ

2022年、数物科学科は数物情報科学科へ、物質生物科学科は化学生命科学科へと名称を変更しました。

「名称変更の理由を一言でいえば、『名は体を表す』です。自然科学を重要視し、領域横断型の学びを実践するなど、設立当初から行ってきた教育を名前に反映させて、教育内容をわかりやすくするのが主な目的です。たとえば数学と物理だけでなく現代に欠かせない「情報」も学科名に冠したのが「数物情報科学科」ですし、「物質生物」は、よりダイレクトに「化学生命」としています」(講演より)

新しい2学科を紹介します
数物情報科学科と化学生命科学科、それぞれが目指す教育

奥村学部長の講演では、名称が新しくなった2学科の、具体的な授業が紹介されました。

化学生命科学科は秋田佳恵先生と永田典子先生による生体機能実験室での授業を、数物情報科学科は倉光君郎先生による「数値計算法I」の講義です。

化学生命科学科
「生体機能実験室の蛍光顕微鏡システム」

家政学部の時代から、実習や実験では顕微鏡が活躍してきました。現在でも本学の創立当初に使っていた顕微鏡が一台保管されているそうです。

現在、超微構造学、生物学概論実験、細胞生物学実験、超微構造学実験の4科目で主に「蛍光顕微鏡システム」を使用しています。ただの顕微鏡でなく「システム」であるのは、この顕微鏡がパソコン本体やディスプレイと結びついて、最大40人が同時に自分のサンプルを観察できるシステムであるからです。この最新システムでは、学術論文レベルの画像まで取得できます。

コロナ禍の中、実験や実習を行うのは大変困難で、「これで理学部の教育はできるのだろうか?」と危惧されましたが、蛍光顕微鏡システムはオンラインの講義で非常に活躍しました。また、対面授業が再開すると感染症対策で授業人数が少なくなったために、教員と学生一人ひとりとの関わりが増えました。そのため、学生がどこに疑問を感じ、つまずいているのかがわかり、かえって充実した授業になったことはコロナ禍が「怪我の功名」となった実例です。

数物情報科学科
「AIの領域にまで広がりを見せる『数値計算法I』」

理学部設置当初、情報教育は、情報の基礎、論理、処理方法、計算機の原理の学習、ワープロや表計算ソフトの実習などを内容とする3科目からスタートし、現在は19科目になりました。人工知能(AI)に関する内容は一番新しい科目です。

数値計算法は数学的な手法を駆使して、微分方程式で表されているような数理現象や物理現象を理解する授業で、計算機を使って問題を解く方法を学びます。

設置当初は計算機を使って数学・物理学の問題を解いていましたが、時代とともにその「問題」は科学的な事象や社会的な内容に移ってきました。数値計算法は今日では、「データサイエンス教育」を取り入れ、AIを利用して最適解を求める内容になっています。例えばAIを使った画像処理は、レントゲンやMRIの画像診断にも活用されています。

倉光先生の授業では、AIと倫理の関係についても取り上げ、数値計算法とは別に理学部以外の学生も履修できる授業もスタートさせています。


[奥村 幸子 理学部長 interview]
理学部の明日を明るく照らすために
今、語っておきたいこと

創立記念式のご講演の後、奥村理学部長がインタビューに応じてくださいました。講演では「理学部の昨日・今日」で古い顕微鏡の話から新しい2学科の具体的な内容を紹介し、「理学部の明日」については「変えるべきところ、変えてはいけないところはどこかをよく考える」と語られました。

全国の私立・国立の理学部に進学する女子の数がこの10年変化なく28%であり、この数字は先進国の中でも低い数字という状況は憂慮すべき状況としながらも、「未来にわたって理系女子がいなくなると悲観的な扱いはしない」と話す奥村先生。ご自身の経験やサイエンスの世界の魅力を語りながら、女子大学である本学が牽引すべき理系女子の未来について話してくださいました。


日本女子大学に着任して驚いたこと
女性がリーダーになっても良いという教育

女性が社会で活躍できる環境は、ゆっくりとですが整いつつあります。男女雇用機会均等法や育児休業法は、女性研究者が仕事を続けやすくなる背景となりました。SDGsに掲げられたジェンダーの平等、そして「質の高い教育をみんなに」という目標を見ると、誰もが自分の好きなことを探究・追究してもいいのだという自信を持つことができます。

私は10年前に日本女子大学に来て驚いたことがあります。

ひとつは、旧姓を使いながら仕事をするのが容易だったこと。それまでの職場では、旧姓を使い続けるためには何枚もの書類を提出してやっと認められる状況でした。科学研究費の申請もしかり。でも本学ではたった一枚の書類を提出するだけで、通常旧姓を使うことがすんなりと認められたのです。

そして創立の教育理念である三綱領「信念徹底」「自発創生」「共同奉仕」も衝撃でした。三綱領は、女性が社会で活躍するのは当たり前、社会に貢献できる人材として育てるという教育理念であり、本学に入学したときに誰もが教えてもらえることです。「私は学生の頃、そんなこと、誰にも教えてもらえなかった!」とショックを受けましたね(笑)。

本学の「さくらナースリー」が開所されたのは、男女共同参画社会に先駆けた昭和46年のこと。女子教育の最先端を走っていたのだと思います。

私が大学を卒業してから約40年、日本のジェンダーギャップは変わりつつあると思いますが、未だに変わっていないこともあります。今でも学生が「男性を立てたほうがいいのかも」というのを聞くと、そんな考え方は捨てなさいと言うことがあります。

女性がリーダーになっても良いはずです。

日本のジェンダーギャップは、日本人の深いところにある意識・無意識に関わっているとも感じます。その部分が変われば、理学部の未来も見通しが明るくなるのではないでしょうか。だからこそ、本学の「女性を社会の中で生きる一人の人間として育てる教育」は広く社会に知らしめるべきだと思います。

理系か?文系か?
その選択はどうすべき?

日本女子大学の附属高等学校は、文系と理系に分かれることなく、すべての教科のバランスを大切にし、偏りのない基礎学力を育成しています。文系と理系を横断するような教育も行っています。以前、理学部を卒業して、いわゆる文系の仕事に就いた学生がいます。彼女は画像処理の技術を文化財の保護のために活かしたいと話していました。STEAM教育は、自分の将来を思い描いた上で、「だから数学が必要だ」と逆算できる教育といえるのではないでしょうか。

高校2年で文系と理系に分かれる学校が多い中、この教育は珍しいのではないかと思います。文系、理系の選択をするとき、多くの場合は成績の良いほうを選びがちですが、私は「興味があるかないか」で選択することをおすすめします。興味があれば、試験の点数はある程度克服できるもの。私は数学や物理を教えていますが、高校時代に数学が一番得意な教科だったわけではありません。何よりも興味があったのは天文学です。それがたまたま理系であり、広い宇宙のことを知るためには理科や数学が必要だったから一生懸命勉強しようと思っただけです。

数学の中にもいろいろな分野があります。たとえば私は立体の見えない部分を認識するのが苦手です。でも、数学には確率や方程式など、他にもいろいろな分野があります。日本人は「理系」は数学や理科の科目がオールマイティーにできなければいけないと思い込んでいるのではないでしょうか。「数字が苦手」というだけで、数学全般ができないのだと思う必要はありません。

また、中学で数学が得意でも、高校の数学でつまずくことがありますが、それを乗り越えるのは物事に対する興味があるかないか、あるいはより深いところまで知りたいという意欲があるかどうかです。

理学部の学生にも、いろいろな興味の幅があります。たとえば「関数の形がかわいいから数学が好き」という学生がいます。「数学者が格好いいから好き。私の推しの数学者は……」と、とうとうと語る学生がいます。多彩なサイエンスの世界について、好きなことについて、ロールモデルとなる女性たちが夢中になって語ることは、理学部の将来を明るくすることでしょう。

予測不能な未来を生きるために
必要なのは「基礎力」

「予測不能な時代がやってきた」とよく言われます。これからは今ある仕事の多くがAIに代替えされて、自分で仕事を創生しなければならない時代がやってくるとも言われます。そこで大切なことが、大学で学ぶ「学問の基礎」です。

創立記念式の講演で、私は大学で学ぶ基礎を一番下にして、真ん中に応用、一番上に「社会」とした図を示しました。これは川のようなもので、川底の基礎部分にはそれほど変化はありませんが、川面の「社会」は変化が激しいことを表しています。

社会の流れが早ければ、大学時代に思い描いた職業が、卒業後にはなくなっている可能性があります。では代わりに何ができるのか?を考えるときに役立つのが学問の基礎です。大学に求められるのは、自分がどんなことで社会に貢献できるのか?を考えられる視野の広さと基礎力の教育ではないでしょうか。

そして大学は社会人になって何年たっても、年齢を重ねてからでも戻ってきて、いつでも勉強できるようにしておくべき教育機関だと私は思っています。高校で理系を選択しなくても、社会人になって理系の勉強がしたくなることがあります。あるいは仕事に必要なことがあるでしょう。大学で学び直すために、理系は敷居が高いと思われるかもしれません。しかし理学部こそ、社会人になっても、あるいは仕事をしながらでも学べるようにすべきと、最近は強く感じています。

では学ぶモチベーションをどう持てばいいのか。私が宇宙に興味を持ったのは、小学生の頃に買ってもらった天体望遠鏡がきっかけでした。わからない宇宙のことを、自分の手で少しでも明らかにしたい、理解したい、ただそれだけでした。でも大学生のとき、「なぜ自分は天文学をやっているのだろう?それは社会の役に立つのだろうか?」という疑問を持ち、大学で法律を学んでいた友だちに尋ねたことがあります。彼女は真顔で答えてくれました。「役に立たないからいいのよ!みんなが明日のためにすぐ役に立つことばかりしていたって、世の中は良くならないし、発展するとは限らないのよ」と。

宇宙に関する研究は、この世界がどうなっているかを知る学問です。明日のご飯が美味しくなるわけではないけれど、人類の叡智を増やし、世界に対する理解を深めることは回り回って人の役に立つはずだ。それでいいと思えたからこそ、私はずっと宇宙を見つめ続けています。


interviewを終えて
奥村先生が「男性に言われてなるほどと思った」と話された言葉があります。
それは「僕は偏見を持っているが、差別はしていない!」という一言です。
「数学は苦手」「理系科目の点数が悪いから文系」は、自分の能力に対する偏見かもしれません。
たとえそんな偏見があっても、理系を差別しない女子学生へ。新生 理学部へようこそ。